一話完結

□寂寥
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「────私達と共に、戦ってください」


「私たちには君が必要なんだよ、秀秋くん」



西の実質の頭と東の頭にほぼ同時に頭を下げられた。つまりは僕が西につけば西が、東につけば東が勝つ。そういうわけだ。
なんて愉快なことなのだろうか。今まであれほど厄介だった僕に、価値が無かった僕に、これほど重要な役目が来るとは誰が想像しただろうか。
勿論全ては“小早川”に価値があるのだとわかっているが、その“小早川”を動かすことが出来るのは僕一人だ。小早川隆景はもういない。毛利にも吉川にも────豊臣にも動かす権利などないのだ。
僕は二人の頭にこう答えた。


「わかりましたぁ。僕は協力しますよぉ」


笑みを浮かべてそう述べれば二人は喜ぶ。
そう僕は二人を選んだ。


きっとこの大きな戦で僕が寝返ればきっときっとみんな僕を憎み、妬み、誉め、称える。そうすれば多くの人の記憶に僕が残る。
呂布が董卓を裏切ったように、若しくは明智光秀が本能寺で織田信長を討とうとしたように。きっと未来にこれは伝えられる。


それならば徳川と豊臣のどちらに打撃を与えるか。迷うまでも無かった。

全部、全部全部全部全部壊してやる。

三成さんが呆然とする姿が目に浮かぶ。吉継さんはきっと僕を目だけで殺せるくらい睨むのだろう。あと西軍には誰がいただろう。広家さんに秀元さん、恵瓊さん、行長さんに────秀家さん。


「……彼は、」


無意識にポツリと呟いた。
違う、駄目だ。彼も、彼こそ豊臣秀吉の息子のようなものじゃないか。

────秀秋、

何処かで声が聞こえる。違う。そんなわけあるはずがない。彼は今ここにいない。だって、今僕は、一人、


「ひ、とり……」


一瞬部屋が暗く感じた。後ろを振り返れば、蝋燭がゆらゆらと揺らめいている。風が強いだけだろう。
そうだ。だから暗くなんて無い。たまたまだ。全て偶然。


「────ッ!!」


机の上にあった書物を一気に手で薙ぎ払った。ガシャンと音がなったがそんなもの気にしない。
廊下が騒がしくなる音を聞き付けたのだろう。ああ、うるさいななんて思うが自分がやってしまったことなどで咎めるわけにもいかない。


「失礼します、秀秋様!」


家臣の声が聞こえる。これは、そうだ。松野重元。重元さんだ。
スッと戸を開け、中を確認した重元さんは目を見開く。


「一体、何が……! 秀秋様、お怪我は?」

「大丈夫ですよぉ。心配かけてすみませんねぇ。手を滑らして落としてしまったんですよぉ」


そう言えば、しばらく訝しげに僕を見ていたが、すぐに軽く笑みを浮かべた。


「そうですか。曲者かと思いましたが、それならば一先ず安心です。石田と徳川どちらから何が来るかわかりませんからね」

「……石田は来なさそうですけどね」


あの三成さんが間者のようなものを出すとは思えない。いるとしたら石田ではなく西軍の方が正しい。
なんて僕の思いがわかるはずもなく、松野さんが再び僕を見つめた。そんなに眉を寄せていれば皺ついちゃいますよ。そう言ってやろうかと思ってやめた。


「僕が片付けますから大丈夫ですよぉ。松野さんは戻ってくださぁい。お仕事の邪魔してごめんなさい、松野さん」

「いえ……」


眉を寄せたまま、彼は去っていく。
あんな不信感を丸出しにしていいのだろうか。彼も一介の武将だろうに。まぁそんなこと僕には関係ないし興味も無いのだけれど、もしかしたら彼とは次の大きな戦で分かれてしまうかもしれないな。と直感的に思う。

書物を拾い集めて机の上に置いた。どうやら疲れているようだ。そろそろ寝ようと立ち上がり、蝋燭の日を消した。

何故か無性に、秀家さんに会いたくなった。








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