一話完結
□裏表
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「こんにちは、秀家さん」
「秀秋……どうしたんですか? 突然」
或る日。突然私のところに義理の弟の小早川秀秋が訪れた。一体どうしたのだろうか。
確か秀秋は石田三成殿と徳川家康殿がぶつかるであろう関ヶ原の戦に参戦するはずだ。もしかしたら、時期的にもそれのだろうか。
「ちょっと、秀家さんに会いたくなったんですよう」
「私に、ですか?」
「はあい」
秀秋がにっこりと笑った。一体どうしたの言うのだろう。いつもと雰囲気が違う。言葉で表現するのはとても難しいけれど、何と言えばよいのだろう。感覚的なものであるが、心が不安定に見えた。凄くふわふわとしていて、地面に足がついていないような。そんな雰囲気だ。
「何か、あったんですか?」
「なぁんにもないですよぉ? なんとなく、です。御迷惑でしたかあ?」
「いいえ、全然。私も秀秋に会えてうれしいですよ」
心の底からそう思う。やっぱり、秀秋は私にとって弟だ。豊臣秀吉という今は亡き義父を通してのことであるが、私も秀秋も、その義父のために三成殿について出陣を決定したのだ。
家康殿なんかに、秀頼を渡すわけにはいかなかった。
「ふふふ、ありがとうございます」
「久しぶりですし、何かお話でもしましょうか」
「そうですねぇ」
どれくらい、語り合っていたのだろうか。いつの間にか外は朱に染まっていた。
「秀家、いいか?」
外から家臣の明石全登の声が聞こえる。秀秋の顔を見れば頷いたので中へ通す。
「何かありましたか?」
「もう日も沈む。秀秋殿、お帰りになられた方がいいんじゃないか、ってな」
「ああ、本当だ。長く引き留め過ぎましたね。秀秋、送りましょう」
「大丈夫ですよぉ。僕の方こそ、長居してすみませんでしたぁ」
にっこりと笑う秀秋の顔は先ほどよりもだいぶ良くなっている。何が出来たかはわからないけれど、少しは力になれたのだろうか。
しかし、もしかして一人で帰るつもりなのだろうか? 家康殿が暗殺などするとは思えないが、この時期に一人は危ない。他のものが秀秋を殺しに来たらどうするつもりなのだ。
そう考えているのがわかったのか、秀秋は再び口を開く。
「大丈夫です。僕は簡単に死にませんよぉ。あることを成すまでは」
「あること……?」
「では、失礼しますねぇ」
そう言って立ち上がる秀秋に、私は慌てて全登に頼む。
「全登、秀秋を門まで送ってもらえますか?」
「へーい。んじゃ、行きましょう秀秋殿」
「はぁい」
秀秋と全登は室を出て行く。しばしそれを見つめた後、私は先ほどの秀秋の言葉が頭から離れなかった。
「秀秋は……一体何を、」
「送ってきたぜ、秀家」
「……早くないですか?」
「他の奴に任せてきた」
自信満々に言う全登に思わず息を吐いた。そして、立っている全登を見上げる。
「私は全登だから頼んだんですよ」
「残念ながら、俺はあの坊ちゃんは苦手でね」
「……苦手、ですか」
「何を考えてるかわからない。それに、敵か味方か、もな」
敵か味方かなんてわかりきったことを何故疑問に思うのか。思わず私はそのまま全登を睨む。
「秀秋は味方です! 義父のため、豊臣のために三成殿や私に味方すると言ってくれたのです!! それ以上義弟を侮辱するならば、流石の私でも怒りますよ!」
「そうカッカすんなよ秀家。あくまで今のは俺の考え。少なくとも、今は俺たちの味方ってのはわかってるさ」
「……じゃあ、なんですか」
「ま、気にすんなよ。兎に角、お前は自分のことだけ考えてろ」
「……わかっています」
了
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