一話完結

□Judas
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負けた。


俺たちは、負けた。


敗北したことがない言うたらそりゃまあ嘘になるけど、こんな大きな戦で、しかも仲間を、親友を守るための戦で負けたんは初めてや。まぁ、そないしょっちゅう大きな戦があるわけあらへんけど。今俺が言いたいんはそういうことやない。
敗戦した原因と言うのが小早川秀秋の裏切りによるもんやったっちゅーもんや。
イエス様がユダに裏切られた時はもしかしたらこんな気分やったんだろうかと思いながらも、ああ、あれは誰か裏切ることを察していたからそうではないか。とも思った。

戦の後に実質総大将やった石田三成と、毛利の安国寺恵瓊はんに会うた。そう言うても互いに敵に捕まった状態やったんやけどな。
しばらく同じ牢屋に入れられとったが、三成は生き曝しをさせられるために連れてかれてもうて、恵瓊はんもどっかに連れてかれてもうた。ま、俺と同じようにどっかの牢屋に入れられてると思うんやけど。


「あ、いたいた」


のんびりとした声が聞こえる。俺はすっと顔を上げた。
……なんでやねん。なんでこいつがこんなとこにおるんや!?


「小早川秀秋!?」

「お久しぶりです、行長さん。って言っても、僕たちそんな面識ないからはじめましてに近いかもしれないですねぇ」

「……何で自分がこないなとこにおんねん。俺ら裏切ってそれはもう徳川にごっつええ待遇貰てんねやろ?」

「それはそうですけどねぇ」


小早川秀秋はにっこりと笑んだ。もういないあいつもこんな風に笑うが、それとはまったく別物や。


「皆さんの顔を見たいなぁ、と思いまして」

「…………悪趣味なやっちゃ」

「ありがとうございます」


至って普通に告げる小早川秀秋に苛々のみが募る。ああ、もうなんやねんこいつ。吉継が前から嫌いやって言うとった理由がわかるわ。


「行長さんには僕がどう映っていますかぁ?」

「最悪や。まるでイエス様のような気分やな」

「いえす……ああ、行長さんって切支丹なんですよねぇ? 僕わからないんで、お話聞いてもいいですかあ?」


やけに純粋に聞いてくる小早川秀秋にさらに腹立つ。せやけど、まあ言っても問題あらへんやろ。


「イエス様は自分の弟子やったユダっちゅーやつに告げ口されて、捕まってまう。んで、十字架に磔にされてもうて処される。簡単に説明すればこういうことや」

「ふふふ、まるで僕がそのゆだ、みたいですねぇ」


自覚あったんかい。 心の中でそう毒づき、あることを思い出した。


「せやせや。言い忘れとったけど、ユダは最終的に首吊って死んでまうんや。自分がユダや言うなら、自分はどうやって死ぬんやろうな?」

「……そうですねぇ。出来れば盛大に死にたいですよ。松永久秀みたいに死ねたら本望ですねぇ」

「ほんと、自分物好きやなぁ……」

「金吾殿。そろそろ」


見張りが小早川秀秋に話しかける。「残念ですねぇ」と嘘っぽく言うと、牢屋から少し離れた。


「それじゃあ、行長さん。さようなら」

「ほなな、小早川秀秋。坊ちゃんが自分のこと大切に思っとった理由がわかった気がするわ」

「──────!」


小早川秀秋が、一瞬。本当に一瞬だけやったけど、目を見開いた。


「……もっと早く、会っていれば良かったかもしれませんね」

「先に逝って待っとるわ」

「あちらの世界に逝ったとしても、僕は行長さんに会いたいとは思いませんよう」

「最後にきっついの残してくなぁ……」

「ふふふ、誉め言葉として受け取っておきますねぇ」


小早川秀秋がくるりと振り返って去っていく。陣羽織にの背に描かれている鎌が、まるで小早川秀秋自身に当てられているような。そんな風に思えた。








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