一話完結

□鬼門
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「なー、三成ぃー」

「何だ」

「吉継になぁー」

「語尾を伸ばして話すな。不愉快だ」

「……吉継に欠点ってあるん?」


現在進行形で仕事をしているというのに目の前の男、小西行長は部屋の中央で寝転び石田三成に話しかけた。


「……何故そのようなことを聞く」

「まぁ、吉継さんほぼ無敵やん?」

「…………否定は出来ないが」

「せやから、“無敵なのにやられたー”ってなっとる吉継が見たいっちゅーわけや」

「くだらんな。それに何だその台詞は」

「まぁ、わかる人にはわかるネタや」


相変わらず意味のわからないことを言う親友に三成は柳眉を寄せた。


「まぁ、それは置いといて。何か知らん?」

「欠点の無い人間などいないだろう」

「まぁ、苦手なものとかそういうのでええねん」

「吉継の欠点を知っているとして、俺が行長に教えるとでも思うのか?」


筆を一度置き、上半身だけを行長へと向ける。行長は頬杖をつきながらじっと三成を見つめた後、ため息をついてうつ伏せに倒れた。


「せやな。まぁ、俺も吉継苛めたいわけやないし。
……何よりやり返されたときが恐ろしすぎる……」

「ならば邪魔だ。話しかけるな」

「話しかけるなっちゅーことは、ここにおってもええってことやろ?」


ふふん、と口角を上げた行長に三成は目を咄嗟に反らす。そしてその反らした先にあった硯を手に取った。


「……本当に出ていくか?」

「……すんませんでした」


ふう、とため息をついた行長だったが、何か騒がしい音がして顔だけを部屋から出した。


「どないしたん、舞ちゃん」

「いや、何か猫出たらしいんスよ」


たまたま歩いていた三成家臣の前野忠康、通称舞兵庫に声をかければそう返事が帰ってきた。


「たかが猫ごときで騒が────」

「三成?」


言葉を止めた三成に、行長が首を傾げる。そして、三成は忠康を見つめた。


「忠康。吉継はどこにいる? その場所か?」


ふいにそう言われ忠康はえーと、と顎に手をおいた。


「確かにいましたねぇ。珍しく無反応でしたけど」

「……やはりな」

「え、は? 三成?」

「行くぞ行長」


立ち上がった三成に、行長も意味がわからぬまま従う。それに忠康は声をかけた。


「殿ー。俺も行った方がいいんスか?」

「ああ」

「了解ッスー」


にっこりと笑んだ忠康を少し見た後、騒がしい方へと足を動かした。





「おい五助! 早くそれをどうにかしろ!!」

「無理です」

「紀兄!!」

「ごめん、清正。これだけは五助ダメなんだよ」


苦笑する大谷吉継に慌てたような様子の加藤清正。そして大量の────数はざっと十はいるだろうか。それほどの猫と共にじゃれあっているのは吉継家臣の湯浅五助であった。行長はいろいろとツッコミたかったが、予想以上に猫がいたのでそちらに驚いてしまった。


「猫多っ!!」

「言ったじゃないッスか。猫が出たって」

「せいぜい二、三匹かと思うやろ! これ、軽く十はおるで!?」

「三成と……行長か」

「がっかりすな! 俺の方ががっかりやわ!!」


犬猿の仲である行長と清正が会い、二人はもめ始める。それを無視し、三成は吉継へと近づいた。


「大丈夫か、吉継?」

「三成……。うん、問題ないよ」


そう言って笑う吉継はいつもよりも弱々しく見える。その理由を知っている三成は一人離れて見ている忠康を呼んだ。


「あの猫たちをここから遠ざけろ。追い出す必要は無い。五助にもそう言え」

「あっちで喧嘩してる二人はどうするんスか?」

「放置しろ。邪魔なら頭でも叩けばいい」

「承知しました、っと。お二人さーん」


忠康は即行で自らの武器、種子島銃で行長と清正の頭を叩いた。それを確認すると再び吉継へ視線を戻せば、静かに一つくしゃみをした。


「……やっぱり私、猫は駄目みたい」

「今日は倒れなかっただけマシだろう」

「まだ距離あったし、五助や三成だけならいいんだけどね。今回は清正がいたから」

「面倒な体質だな」

「そうかもね。でも、私自身猫は好きじゃないし」


吉継は猫に近づくとくしゃみが止まらなくなる。つまり猫アレルギーであった。いつもなら五助に頼み追い払うのだが、五助は猫のことになると唯一吉継の命令に従えなくなる。理由は五助は猫に弱く、わかりやすく言えば愛猫家だ。


「だいたい、あの何を考えてるかわからない態度や気まぐれな雰囲気が好きじゃない。犬ならきちんと躾ればいいけど」


ぶつぶつと呟くように文句を言う吉継の姿はとても珍しい。そして、あれほど主従関係が素晴らしい二人が噛み合わないところもまた珍しかった。


「ったぁ……もう全部清正のせいやっ!!」

「何で俺のせいなんだよ!!」

「清正やからや!!」

「意味わかんねーんだよ、お前は!!」


再び文句を言い合う二人に三成がため息をつく。と、そのとき。


「ただいま戻ったッス、殿」


その声と共に忠康は二人にそれぞれ種子島をぶつけ、三成のに向かって笑んだ。少し後ろには五助の姿があったが、いつもと雰囲気が違う。彼が「猫……」と名残惜しそうに呟いたのを見て、吉継は苦笑した。


「あれだけいれば秀吉殿に迷惑がかかるだろう?わかるよね、五助」

「……はい」

「そーとー猫が好きなんスねぇ。しばらく猫から離れませんでしたよ」


そう言うが、実際時間はあまりかかっていない。それでも時間がかかった、と言うのは普段二人の仕事の手際が良い故だろう。
頭を軽くさすりながら行長が近づいてくる。清正も少し距離を置いて近くに来ていた。


「でも、猫が苦手なんて意外やなぁ。三成も似たようなもんやし、好きやと思っとったわ」

「三成は猫じゃなくて狐でしょ?」


さも当然というように言う吉継に本人と行長は言葉をつまらせる。見かねた清正が話を変えた。


「……で、五助は猫好きなのか」

「これも昔からだよね。普段五助には色々と頼んでるし、好きというものくらいは自由にしてあげたいから」


自覚があったのか、と行長と清正は思ったが口には出さなかった。


「でもなー。ふーん。そうなんかー」


行長が吉継を見つめにやにやと笑う。吉継は柳眉を寄せた。


「何?」

「吉継の苦手なもん知れて良かったわー。弱点が無い魔王なんか倒しようが……」

「五助」

「承知!」


平坦な声で吉継が名を呼べば、五助は頷いて行動に出た。相変わらず彼らは会話をしないようだ。


「あ、いや、今のは物のたとえで……!」


行長が上擦った声を出す。しかし、五助は気にも止めなかった。
それを見て、三成と清正、そして忠康が軽く行長に同情した。


「アホだな、あいつ……」

「学習しないな」

「それがあの人の良いところですよ、殿」


忠康の口元がゆるりと弧を画く。すでに興味が無くなった三成は鼻で笑うと自分の部屋に戻って行ったのだった。











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