お兄ちゃん
□夏芽の涙
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私は目を見開いたまま動けなかった。
これは、何?
「……ん……っ……!」
ぴちゃ、と音がして、口の中から舌が出て行く。
後ろ髪を掴んで首を支えられている私は、顔を背けることも出来ずにその行為を受け入れた。
「……黙ってろ」
お兄ちゃんはずっと握っていた手を離すと、ミエコ先生のデスクに近付いて、内線電話の受話器を取り上げた。
デスクのビニールカバーに挟まれた内線番号表を探すと、ボタンを押して受話器を耳に当てる。
「……もしもし、3−Aの佐伯です。保健医の山岸先生はどちらでしょうか? ……はい、妹が体調を崩したので付き添ってたんですが、目を覚まして、少し良くなったようなので今日は早退させていただこうと思いまして。……はい、お戻りになるまで保健室を空室には出来ないかなと思ったので。……そうですね、タクシーで帰ろうかと……はい。妹の担任の先生には山岸先生からお話していただけているはずです。あ、俺のほうはどうだろう。取り敢えず、佐藤には付き添っていることを伝えてあるんですが……はい、解りました。よろしくお願いします」
私のほうを振り返らないままテキパキと早退の手配を調えるお兄ちゃんの背中を見ながら、私は今自分に起きたことを思い返していた。