お兄ちゃん
□佐伯夏芽
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廊下を忍び足で歩いてお兄ちゃんの部屋のドアノブに手をかける。
なるべく音を立てないようにノブを回してみると鍵はかかっていなかった。
最小限の隙間を開けて室内に滑り込むと、隙間なく引かれたカーテンの向こうから差し込む淡い陽光で、
ベッドに横たわるお兄ちゃんのシルエットが浮かび上がる。
コーヒーカップが乗った机の上と本棚にはたくさんの参考書、CDラックにはUKロック。
ノートパソコンと辞書がサイドラックに無造作に置かれている。
クロゼットの前にフックでかけた都内有数の進学校の制服、壁に飾った20000ピースのジグソーは月面写真。
「……冬磨」
そっと呼んでみるけど。
規則正しく乱れない呼吸、眠っていてさえ私の心を掴んで放さない端正な美貌。
少し伸びたTシャツの襟から覗く鎖骨、首筋からおとがいまでのライン。
声をかけずに見詰めていたい誘惑と戦って、そっと溜息をつく。
思い切って空気を吸い込み、そして。