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□サロモンの秘密
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掃除用具の隣にあった脚立を立てかけ、エルのいる方向へとエリーは登り始めていく。その方向に偶然窓があったが、懸命に避けようと努力する。
(見ちゃだめ・見ちゃだめ・見ちゃだめ・・・・。)
ところが、窓枠に近づくにつれ、悲しいかな、本能のまま、目線は意思に関係なく、エルから部屋の中へと移ってしまう。
そして次の瞬間。
エリーに一つの衝撃が走る!!!
「きゃっ!」
声をあげないわけにはいかなかった。あまりに仰天したものだからついうっかり手を脚立から離してしまった。だが、かろうじて握り直し、ほっと胸を撫で下ろす。
エリーがその瞳に宿したもの・・・・その喫驚すべきシーンとは・・・・。
なんとサロモンは一人美味しそうにケーキを食べていたのだ。上品にたくわえられた口髭には白い生クリームがついており、それを拭おうともせず、目を細め、甘味を堪能していたのだ。スイーツへの果てしなき喜び、そのひとときの至福をじんわりと噛み締め満悦に浸る、そんな年頃の小娘たちと全く同じ表情を彼は惜し気もなくこちらへと向けていたのだ。
(いつもの渋いイメージと違いすぎる―――――!!!)
身体がぐらりと揺れてしまいその拍子に指が強く窓を叩いてしまう。タイミング悪いことにその音に気付いたサロモンと目があってしまう。驚愕したサロモンのあの顔!クリームをたくさんつけて目を剥いたあの表情ときたら!一生目に焼きついて離れることはないだろう!エルも同時に地面へと飛び降りてしまい、その三段攻撃の突飛な動きについて行けず、エリーは脚立から跳び落ちてしまう。
ドンガラガラドッシャ―――――ン!!!
ド派手に崩れ落ちる音は地響きをも生み出す。「あいたたたた・・・。」と嘆く声が情けなく周辺へ響くや否や、小屋から勢いよくサロモンが飛び出してきた。
「エルフィール様・・・?ど・・どうしてここへ・・・?」
「あううっ・・すみません・・・エルを追っかけてきたらサロモンさんがみえてそれで・・・。」
腰を擦りつつ、エリーはゆっくりと立ち上がる。そうしてこれまでのいきさつを簡単に説明すると、さすがのサロモンも幾分肩を落とし、エリーに困惑した眉を示した。
「・・・左様でございましたか・・・。」
「はい・・・本当にごめんなさい・・・・はううっ・・・どんなに謝っても謝り足りない気分です・・・。でもどうしてそんな隠れてまでケーキを食べられるのですか?甘党でもちっともおかしくないのに・・・。」
小首を傾げるエリーにサロモンは心底悲しそうな溜息をついてみせる。
「実は・・・ドクターストップがかかっているんですよ。これ以上血糖値を上げてしまうといけませんのでね。」
「そうだったんですか・・・・。」
返答しながら最初の予測も案外間違いではなかったのだと思う。
「でもケーキお好きなんですよね?」
「・・・わかりますか・・・?」
「わかりますとも!乙女でもおじさんでも・・・あっごめんなさい!とっとにかくスイーツには極上の夢がみられますよ〜。何層にもエレガントに重なっていく甘味の数々、それをサポートする季節の果物・・・メレンゲの優しさ・・・どれをとっても生きててよかったとすら思えてきますよね!」
「はい・・・特に仕事の後いただくケーキは格別で・・・・。」
「そうですよねぇ〜!うんうん!わかりますっ!!」
まさか二人にこんな共通の嗜好があったとは。自然とサロモンの手を取りはしゃぐエリーにサロモンは苦笑を浮かべてしまうが、握られている手に次第に力が篭っていく。ふと目の前の少女を見ると、その顔には一つの信念のようなものが浮かんでいる。
「でも・・・それなら水臭いですよ。どうして私にいってくれなかったんですか?」
「エルフィール様に?」
「はい!仮にも錬金術師なんですから・・・サロモンさんの御身体に合うようなケーキだっていくらでも工夫して作り出すことができるんですよ。」
「そんなことまで・・・貴女様はできるのですか?」
「はい。私のお仕事はみんなの笑顔を作ることなんです。それでみんなが幸福になってくれたら・・・そんな人を一人でもたくさん増やしていけたら・・・。」



天使のように笑うこの少女の言葉を聞いた時、サロモンは強く確信した。

(ああ・・・成る程。だから旦那様はこの方を選んだのですね・・・・。)

優しい余韻に浸りながら、二人はログを後にし、屋敷へと続く小道を歩んでいく。途中交わした会話は全てこれからのケーキについてばかりであり、エリーはそのアイデアをどんどんサロモンへ語り始めていた。さすがチーズケーキを得意とする彼女はケーキについての知識も豊富である。その優しさにうっすらとサロモンは瞳を滲ませていた。そうしてようやく二人は静かな森を後にする。遠く離れた花壇では仕事を終えたエンデルクが庭師と話し込んでいる最中であった。
「あっエンデルク様〜〜♪」
「エルフィール・・・今探しに行かせようかと思っていたところだ・・・ちょうど良かった・・・。」
一目散に自分だけを求め、駆け寄ってくるエリーの姿にエンデルクは目を細める。本当に微笑ましく愛らしいと胸は柄にもなく高鳴る。
半ば飛び込んでくるような彼女をエンデルクはさり気なく抱きしめた。
「ちょっ・・エ・・エンデルク様////だめですよ!!みっみなさんがみてますから・・・。」
「何度言わせればわかる・・・?隠すこともなかろう・・・?」
騎士として一生の愛を捧げたエリーとその関係を彼はいかなる状況においても遠慮することはなく公明正大に示してくる。ましてやここは彼の私邸なのだから、なおさらその行為はストレートでわかりやすい。幸いなことに、周囲の召使達は皆そんな彼の気性に気付いているのか、努めて、柔和な態度を崩すことはない。
こうなればなすがままにされるしかなく、エリーは抱きしめられたまま、おとなしくなるより仕方なかった。だが、ずうっと背の高い彼に合わせていると、爪先立つ足が少しずつ痺れてくる。
(ああ〜幸福なんだけど・・・い・・・痛い・・・・。)
そんな時ようやくサロモンがエルを連れ、二人のもとへ辿り着き、エリーの両足を救った。「旦那様、今終わられたのですか?」
話しかけられ、エリーの身体を已む無くエンデルクは開放する。
「うむ・・・。ところでお前達はずっと一緒だったのか・・・?」
「いえ・・・少し前からです・・・そうですね・・・エルフィール様。」
「はい・・・そうですけど・・・。」
全くその通りなのでエリーも素直に頷いてみせる。
「そうか・・・。」
少し安堵したように思えたのは気のせいだろうか。そんなエンデルクをエリーは不思議そうに見詰めていたが、その視線を厭うように彼はきっぱりと低い声を放った。
「何を語らっていたのだ?」
少し威圧的にも聞こえるが、表情は静けさと穏やかさを保ったままである。ただ訊ねてくる彼の顔は限りなくエリーの顔に接近しており、エリーは顔を赤らめないわけにはいかなかった。それでもサロモンの秘密を喋ってはいけないとエリーははっきりエンデルクに・・今にも唇を奪ってきそうな彼の唇に人差し指を添えこう答える。
「それは内緒です。誰にもいえません。」
「なんだと・・・エルフィール??」
うにゃんとエルがサロモンの腕から滑り落ち、部屋の中へと走り出していく。エリーもそれ以上追求されたくないという風に、きらきら笑い、エルを追いかけて、中へと入っていく。
「・・・・・サロモン・・・・。」
「はい・・・わかっております・・・。」



意味深なところで逃走してしまったエリーを救うのは最早自分しかないだろう。
(やれやれ長年ひたすら隠し続けていた弱みがついに旦那様にばれてしまうか・・・。)
常にある意味においてリードを保っていたサロモンは一つの敗北に息をついてみせた。
しかしそれは二人をよりいっそう固く結び付けることとなるだろう。そう思うと、心には爽やかな風が渡っていく。
(旦那様がずっとエルフィール様と幸福でありますように・・・。)
そう願いながら、サロモンはエンデルクに全てを話し始めた。




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