ナナヒカリ

□08
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劇の練習は、何事もなかったかのように始まった。




美羽が心配になり、練習を抜け出してきた美帆は保健室のドアの前で立ち止まる。


引き戸に付く、小さな窓にはレースのカーテンがかけられているために

中がよくわからない。



「…」



ドアを開けようとノブに手をかけたその時。



「ええ。今日付けで4321は“消滅”しました。ほかのモノには影響していません」



聞き覚えのある声が、美帆の動きを止めた。



…中崎先生?



中崎という名のいう保健教師の声は、奇妙だった。



いつも感情を込める声に、感情は一欠けらも存在しなかった。



それに、話している話自体も奇怪だった。







『4321』。







どこかで聞いたことのあるその言葉によって、

閉じていた扉に風が当たる。





誰も知らない、知ることのない、記憶の扉。





忘れたことも忘れてしまったその扉を捜し当てる。



「“実験”はまだ実施します。影響はないと判断し―」



そこで、声が途絶えた。


小さく響くヒールの足音とともに近づくのは慣れた人の気配。


けれど今の美帆に、その気配は“恐怖”に近かった。


立ち尽くす美帆の目の前にあるドアが、勢いよく横に開かれた。



「どうしたの?…美帆ちゃん」



手には職員用の携帯端末を持ち、

ドアの前に立つ美帆を確認してから名前を呼ぶ。


逃げ出したいのを堪えて、美帆は聞いた。


「…美羽は、大丈夫ですか…?」


その一言に、中崎の瞳が感情を消す。



相手の意図を探るかのように、鋭い眼差しに変わった。




「大丈夫よ。ちょっと高めの風邪みたい。いま病院に運んだわ」



「でも、救急車のサイレン…」



「私が運んだの。…美帆ちゃんのクラスは劇でしょう?具合が悪くないならクラスに戻りなさい」



そう冷たくいい放つ中崎の言葉を受けて、

美帆は振り返らないように教室に戻ろうと歩きだした。










やっぱり、変。










静か過ぎる静か廊下を1人、歩く。






辺りに人はいなかった。






 

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