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□星降る夜に
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お母さんの夢を見た.
お母さんっていうのはマザーじゃなくて,わたしを産んで,死んでしまったお母さんのこと.
それから,お父さん.
死んじゃったのはわたしが7才の時らしいけど,全く覚えてない.
結局はどっちも覚えてないことになるけど,とても悲しくなる夢を,時々,ほんとに時々見る.
小さい小さいわたしが,お母さんと,お父さんと手を繋ぎながら歩く.
一度立ち止まってから,お母さんとお父さんはすごく幸せそうな顔をしてわたしに笑いかける.
わたしもすごく幸せで,また,歩き始める.
そんな夢.
お母さんとお父さんが生きていてわたしが歩いているっていうのは不可能なことなので,これが本当にあったことじゃないことなのは分かる.
目が覚めると,決まって悲しくなる.
何が悲しいのかは分からないけど,泣きたくなって,誰かの傍に行きたくなるんだ.
星降る夜に
コンコン,コンコン,とドアを叩く控えめな音が聞こえた.
薄く目を開き時計を見ると,既に3時を回っている.
こんな時間に一体誰だ.まぁ,大体見当はつきますが.
重い腰を起こし,目をこすりながらドアへと向かう.未だにコンコン,とドアを叩く音は続いていた.
ゆっくりとドアを開くと,予想通りの人物がそこに居た.
「眠れなくなってしまいましたか,シンク」
そう発した自分の言葉は,寝起き特有の気だるげな声であった.
彼女はふるふると首を横に振る.
「悲しくなっちゃったの」
彼女の声は,普段からは考えられないような小さな,弱い声だった.
悲しくなって私の所に来たというのは,即ち眠れなくなったということである.
私はにっこりと笑いかけた.
「まだこんな時間ですし,早く寝ましょう」
彼女はこくりと首を縦に降り,私の部屋に足を踏み入れた.
手を握ると,とてもひんやりと冷たかった.
私は先程まで自分が眠っていたベッドに乗り,彼女もそれに続く.
布団に入って体を横にし,彼女を抱きしめるように抱えると,彼女の結っても巻いてもいない長い髪がふわりとかかった.
「……………お母さんとお父さんの夢を見たの」
弱々しい声に私は,そうですか,と返した.
「それで悲しくなっちゃったの」
右手で彼女の背中をさすった.
「トレイは…どこにも行かないよね」
それは,とても消え入りそうな声であり,泣きそうな声であった.
「私はどこにも行きませんよ」
真夜中に彼女がこうして私の部屋を尋ねることはごく稀にあった.
昔から彼女を落ち着かせて眠らせるのは私の仕事で,いつだって彼女を抱きしめてやった.
「私はどこにも行きませんから,ゆっくり眠ってください」
そう言って背中を,トン,トン,と規則的に叩いた.
それが何度も続かないうちに静かな寝息が聞こえてきて,私も静かに意識を飛ばした.
彼女がどこにも行きませんようににと強く願いながら.
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親子みたいなトレシン
20120205