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□『裏切り』
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不意に飛び込んできた女の得体の知れない馴れ馴れしい色彩が、



黒い花のように不気味で、けれど、不安な魅力を感じた。



真っ赤な、目を刺すような赤い色が、妖艶な笑みを模る。



気取った、けれど嫌味ではない歩き方で、彼女が一歩一歩近づいてくる。



彼女が歩く度に、白い素足が黒いロングドレスを翻し、顕になる。



コツコツと響く足音。



心地好いヒールの音は、俺の耳を脅かす。



艶かしい響きのような、けれど、どこか脅すようなその足音に、



傾けた耳を、不意にギリリと捩じ上げられた。







「いってぇッ!!!」







ガリッという音と共に、捩じ上げられた耳に鋭い痛みが走る。



思わず飛びのいてそう言えば。



目の前の顔は、勝ち誇ったかのように口角を上げた。







「ったく、人が手伝ってやってるってのにボーっとしてる大下さんが悪いッ!」







そう言って、目の前の女は先程までの妖艶さなどすっかりどこかにやってしまう。



右手の中指を立ててオレの方に向けるその仕草は、さっきまでの人物と同一人物なのかと、



本気で考えてしまうほどに、………色気が無かった。



「薫が馬鹿みてぇにカッコつけてるからいけねぇんだろ!」



「誰が馬鹿よ、誰が!」



「薫」



「大下さんに言われたくないわよっ!」



「大体だなぁ、ンな似合わない恰好してるのがいけねぇんだよっ!!!」



「はぁ?!政治家のパーティーに潜入するって言ったのは誰よ!?

その為の恰好だっつーのに、似合わないとか言ったかこの口はぁぁぁぁっ?!」



そう言ってオレの頬を掴むと、薫はぐいぐいと引っ張っていく。



さっきまでの妖艶さなど微塵も感じさせない薫の態度に、



オレもいつものように薫の事を羽交い絞めにした。











心の底に静かに静かに眠らせておく為に。











自分の心を裏切った―――。







終。


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