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□『傷』
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喜びは、煙のごとく。

はっきりと目には見えるけれど、捕らえる事は出来ず、

手の中に閉じ込めたかと思えば、指の間をすり抜けた。

瞬く間に、この手から抜け出し…そして―――。







『傷』







「どうしたの?」



問う声に、鷹山はゆっくりとその顔を向ける。

目の前にある白い月は、流れる黒い絹糸の川を掬い上げると

ゆっくりと肩へ散らす。

たおやかで、そしてしなやかな彼女の香りが、

掬い上げた指先から辺りへ広がっていく。



不意に、彼女の香りではないものが鼻腔を擽った。

知らないものではないその香りに、

鋭い痛みが、鷹山の胸を刺す。

チクリと小さな針で刺すその痛みは、

まるで傷を抉るかのように、何度も同じ場所を突き刺していく。



小さな痛みが、鋭いものに変わる。

鋭い痛みは、確かな痛みに変わっていく。



突き刺さる針を抜こうにも、その針はもがけばもがくほど、

深く深く突き刺さり、そして―――。



















































「タカさん?」



かけられた声に、鷹山は落としていた視線を上げる。

目の前には心配そうに自分を覗き込む彼女の顔。

白い月のような瞳の中に光り輝く強い瞳は、

確かに自分を映し出していて。

鷹山は静かに息を吐き出すと、目の前の額に







―――小さなキスを落とした。







「…タカさん?」



不安げに、訝しげに鷹山の名を呼ぶ。

そんな彼女にいつもの笑みを傾けると、

外にいるだろう相棒の元へと足を進めた。











―――痛みに苛む胸を抑えながら。







終。


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