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□『体温』
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感情に踊らされる程、子供じゃない。



『体温』



床に投げ出された細い足首は、まるで蝋細工のようだった。
互いの汗で濡れていた筈のシーツはすっかり乾き、
元の白さを取り戻しながら光り輝いている。

ふと窓に目をやれば、東の空が白み始めていた。
淡い紫とも濃い藍とも言えない曙の空。
まるで幾重にも重ねられたその空は、昨夜の彼女のようだった。





何度となく求めた。
その温かさが、柔らかさが、全てが欲しくて、
何度も自分の腕の中に押さえ込んだ。
鈴のように丸く大きな目は、猫のようで。
どれ程にその目を塞いでも、何度もこちらを見返した。
重い、厚い花弁が広がるような眼差し。
視線は剃刀のように鋭く、こちらを見据えたまま動きはしない。
その攻撃的な彼女の瞳に挑むかのように、腕はその吸い付くような肌の上を滑り落ちた。

名を呼ぶ。
けれど、その声に対する返事はなかった。
ただ、消え入るような声で甘い苦痛を訴える。
自分の名を聞きたくて、何度となく彼女の名を呼んだ。
それにつられるように彼女の吐息が零れ落ちる。
けれど、それでも彼の名を呼ぶ事は無かった。



不意に、何故だか苦々しい感情が胸の奥に芽生えた。

「薫…」

舌の先に氷を載せたような口調で薫の名を呼ぶ。
鋭く冷えた自分の名に驚いたのか、薫の顔はどこか青褪めていて。
月のように整えられた眉を僅かに顰めていた。

火のように熱い瞳に、滴が溜まる。
一粒、二粒と、雨の滴が零れ落ちる。
その滴を舌先で掬い取ると、何かを告げようとするその唇を、
乱暴に塞ぎ閉じ込めた。

























静かな寝息が聞こえる。
眠りに沈み込むかのような、深い息。
羽織っただけのシャツが、薫の肩口から零れ落ちる。
白い肌に咲いた無数の華。


見たくは、無かった。


汚いまでに乱暴な所有の証。
そんなものに意味は無いと知りながら、それでもつけずにはいられなかった。
ここにはいない、姿が目の端に映る。
彼女の姿を見て驚くけれど、すぐにいつもの表情に戻る奴の顔が、
脳裏に過って離れなかった。



震えが身体を襲う。
11月の肌寒さの所為か、それとも己の中に芽生えた罪悪感の所為か、
指先がカタカタと振るえて止まらなかった。

不意に、白い腕が自分の上に投げ出された。
やんわりとした温かさ。
瞬間、先ほどまでの震えは止み、心が満たされるような気がした。
猫のように擦り寄ってくる姿。
熱を求めるように、白い頬に触れる。
ゆっくりと開かれる眠そうな瞳。
その瞳に薄く笑うと、静かに口を開いた。





「薫の熱が、足りない…」

と。



終。
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