○菊丸

□○恋は恋 1P
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 部室の扉を開けると飛び込んできた声に、手塚は立ち止まった。

 「そんなことないって! オレ手塚のこと苦手だし〜」
「まあ、英二とは性格が違いすぎるからね」
 穏やかに答える不二の隣にいるのは、つきあい始めて数ヶ月の恋人だ。振り返ると手塚の姿に大きな眼を丸くした。
「手塚。会議は終わったの?」
「ああ」
「いつも大変だね」
 不二の思わせぶりな笑みを背に、荷物を取りにロッカーに向かった。
 今日は午後から自主練だったが、部長の手塚は生徒会の会議に出ていた。もう少し早く終わる予定が、長引いてしまったのだ。終了までに間に合わないかもしれなかったので、手塚は制服のままだ。
「遅くなってすまない」
「ううん。じゃあ、僕はそろそろ帰ろうかな」
「バイバイ、不二〜!」
 大きく手を振った菊丸は、まだ着替え終わっていない。ベンチに腰を下ろすと中途半端に引っかけたシャツを直し、ゆっくりとボタンを留めている。
「…不二と打ってたら遅くなっちゃったよ」
 手塚が会議に出ていることは皆知っている。副部長の大石が待っていると思って慌てて戻ったが、まさか二人がいるとは思わなかった。
「大石はどうした?」
「んー。時間になったから帰った。オレと不二がもうちょっと残ることにしたし」
「そうか」
 不二と打つのが面白くて残っていたのか、手塚を待っていたのか。分からないが、今日はもう顔を見られないと思っていたので素直に嬉しい、だけど。
「本意ではないと思っていても、聞きたいものではないぞ」
「…にゃに?」
 ベンチの上であぐらをかいた菊丸は、猫のような仕種で小首を傾げた。
「俺のことを苦手だと言っていただろう」
「まあね」
 特別なつき合いだということを隠すためのカモフラージュだとしても、何度も苦手だと言われると堪える。隣に腰掛けると、菊丸は甘えるように肩にもたれた。
「本当にそうなのか?」
「しょうがないじゃん。元々手塚みたいなタイプってオレ苦手だもん」
「……そうか」
 声のトーンが落ちた手塚を気遣うように顔を覗き込む。前髪がさらりと額に流れた。
「だからってキライとか言ってないし」
「おまえは大石や不二とも親しいだろう」
「うん」
「桃城とも仲がいい」
「そっかもね」
 菊丸は部活以外でも友達が多い。男女構わず親しくしているようで、顔見知り程度を入れると同学年のほとんどの生徒を知っているかもしれない。
「その中で俺のことは苦手だと言うと、余程嫌われているように聞こえるんじゃないか」
 きょとんとした菊丸は、肩を震わせたかと思うと吹き出した。
「いいじゃん、別に」
「良くない」
「…珍しいね、そんなの気にするなんて」
「俺もたまには後ろ向きになる」
 曲がったシャツの襟を直しながら溜息をつくと、くすりと笑う。
「拗ねてんの? 手塚カワイイ」
 ちゅーしちゃえ。言葉と共に触れたやわらかな唇。押し当てられただけのそれは、触れたのと同じ唐突さで離れて行った。
「…足りない?」
「──足りない」
 首の後ろに掌をまわし、引き寄せる。深い口づけに身じろぎする身体を腕の中に閉じ込める。
「んー…っ」
 熱い口腔。絡めた舌の感触に。鼻にかかった甘い声に。鼓動が高鳴る。
 ややあって離れると、菊丸は耳まで染めて息を荒げていた。誘われるようにやわらかな頬に触れた。薄く笑った菊丸の、伏せた睫毛の陰りが愛しい。
「…あのさ。不二がさ。手塚がいなくて淋しいかって聞くから」
「うん?」
「おまえのこと苦手って言っても、信じてないカンジだし」
 尖らせた口許がやけに扇情的で、手塚は窓の外を見遣った。
「不二の奴、気づいてるよな」
「そうかもな。あいつは鋭い」
 帰り際の様子を見るに、菊丸が手塚を待っていたと不二も思っているだろう。
「つき合ってるってばれたら困るじゃん」
「俺は構わないぞ」
「オレは構うの!」
「…そんなに嫌なのか」
「そじゃなくて…おまえが変なヤツって思われたくないの!」
 ホモって言われるし。口ごもる菊丸の髪を、手塚はゆっくりと梳いた。
「駄目なのか? それに俺は男が好きなわけではないぞ」
「オレだってそうだし。でも、男とつき合ってたら世間ではホモって言うだろ」
「……難しいな」
 ただ、好きなだけなのに。その相手が同じ性だっただけなのに。菊丸以外はいらないのに──。
「……菊丸」
「にゃに〜?」
「いつか俺がグランドスラムを達成したら、おまえを好きだと言ってもいいか」
「…え?」
「皆の前で、おまえのことが好きだといってもいいか?」
 嘘もつかず、隠しもせず。本当のことだけを。
「……それって公開プロポーズ?」
 眼を輝かせた菊丸が、手塚の膝に乗り出した。そのまま引き寄せ抱きしめる。
「そうだな」
 誰にも文句は言わせない。これはただの恋。
「面白そう」
「待っていてくれるか?」
 小さく頷いた菊丸が胸許にもたれかかる。
「手塚、ドキドキいってる」
「…おまえは平気なのか?」
「んなわけないじゃん。でもさ」
 しがみついた身体。腕の力が強くなる。
「それより先に、オレんこと英二って呼んでよ」
 二人の時だけでも許してやるから。くぐもった声で茶化す恋人。
「……善処する」
 囁くと、明るい色の髪がはねた。

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