smile for you




今日は年に一度のバレンタイン。
大切な、大好きな人にプレゼントを贈る日。
その中でもチョコレートを用意する者が大半で、朝から至る所で甘い匂いが溢れ返っている。
だけど流石に森の中に入ってしまえばそんな匂いは掻き消されるだろうと、そう思っていた。
それなのに、だ。
一向にその甘さが纏わり付いて離れない。
朝に町に立ち寄ってから森に入って夕暮れを迎える今まで、有に数時間は経っているのにも関わらず、だ。

「ピーカッチュ……」

その理由が薄々分かってしまっているピカチュウは、何とも言えない表情で深く溜息を付くしかなかった。

「? どうかしたのか、ピカチュウ?」
「ピーカピカ」

相棒の様子を不思議に思ったサトシが疑問を口にする。
対してピカチュウは、何でもないよ、と首を横に振った。

「なら良いけどさ」

安心したサトシは笑みを浮かべ、次いで木々の間から覗く空を見る。
黄昏に染まった空は、間もなく更に暗くなるだろう。
その前に野宿の用意をしなくては、とサトシは準備をし始めた。
勿論、手持ちのポケモン達を総動員して、全員でその準備に取り掛かる。
それぞれ担当を振り分けられたポケモン達は、ある者は食料調達に、ある者は火を点すための木の枝や枯れ葉を探しに行った。
そんな中、ピカチュウは一人森の中を歩いていた。
本来ならばサトシと共に行動するのが常なのだが、こと今日においては仲間の(特に女子組の)強引さに拍車が繋かっており、あれよあれよという間に別行動を強制されたのである。
普段独占している分たまにはそんな役得が仲間達にあっても良いだろう、とは思うのだが、だからと言って自分以外の全員が結託してのこの行為が気に障らないかといえばそんなことはないわけで。

(今日は大人しく引き下がるけどね……)

明日以降何をするかは保証しないよ、とピカチュウはこっそりと心の中で黒い笑みを浮かべるのだった。
とまぁ、それは一先ず置いておき、肝心の用事へとピカチュウは意識を向ける。
一人行動を良しとしたのは、何も仲間の行動だけが理由だったわけではないのだ。

「ピカピカチュウ」

いるんでしょ? と宙に言葉を投げ掛ける。
すると視線の先、木々の合間からその人間は姿を現した。

「……気付いていたのかい?」

目の前に現れたのは、かつてサトシ達の前にある組織の王として立ちはだかった青年――N。
様々な過程を経て一人姿を消した人間が何故こんな場所にいるのか。
普通なら疑問に思っても可笑しくない所だが、ピカチュウからしてみれば、その予想の付いている行動に一々驚くつもりはなかった。

『気付かないと思ったの? そんな甘い匂いをさせて近付いてきておいて、よく言うよ』
「サトシは気付いていなかったみたいだけどね」
『気付くわけないじゃん。いくらサトシが人間離れしてるからって、ポケモンじゃないんだから。僅かな香りを嗅ぎ分けるなんてそんなこと出来るわけ……』

と、不意にピカチュウは口を閉ざす。
そんなピカチュウの言葉を促すように、Nは言葉を反復した。

「出来るわけ……?」
『無い、と思うけど……』

……いや、出来るのか?
ふといつぞやの出来事を思い出してピカチュウは言葉を濁すが、とりあえず今はそれは関係ないと思い直すことにする。

『それよりも一体何がしたいの? 朝からずっと後を着けてきながら何の行動も起こさないし。もしかしてただのストーカー? だったら容赦しないよ?』

Nが何のために後を着けて来たのかを理解していながら、ピカチュウは敢えてその答えを口にしない。
それをNも分かっているのか、わざわざ指摘することはしなかった。
その代わりに自身の思いを吐露していく。

「急にボクが現れたら驚くんじゃないかと思ってね」
『そりゃあ驚かないわけないじゃないか。君、一応行方不明みたいな扱いなんだし』
「そうなのかい?」
『連絡を取らずに旅をしている者全員に言えることだけどね。どちらにしろあんな別れ方をしたんだから、驚くなって方が無理だと思うけど』
「……そうだよね」

何処か気まずそうに、そして寂しげにNは表情を曇らせる。
そんなNにピカチュウは口を開いた。

『だけど喜ぶと思うよ』
「え?」

目を丸くするNにピカチュウは苦笑する。
らしくないとは自分でも思う。
だってサトシの周りはライバルだらけだ。
どこぞの幼馴染みを始め、行く先々でサトシの魅力に惹かれる者は増えていく。
そんな彼等の手からサトシを守るのは他でもない、自分達ポケモンの役目だった。

――(サトシに手を出す)人間は敵。

もはやそれが常套句であり、勿論Nとて例外ではない。
それなのにピカチュウは今、相手が喜ぶ言葉を与えようとしている。
人間なのに。
敵(ライバル)なのに。
一体何故?
……そんなこと、考えるまでもない。
サトシがそう望んでいたからだ。

『最初は驚いて、あの時の煮え切らない感情とかいっぱいぶちまけて怒るかもしれないけど。だけどその後は絶対に喜ぶよ。また会えて良かったって。だってサトシだもん』
「っ……!?」

サトシがNをどう思っているのか。
それはピカチュウにもはっきりとは分からない。
だけど確かにあの時、サトシは心配していた。
過去を知って、未来を考えて、Nがどうすれば笑顔でいられるのか、それをずっと考えていたのだ。
しかしその矢先にNは行方を眩ませた。
だから未だにサトシの心内にはその時の不安が残っている。
普段は表に出さなくても、話題に出せば直ぐに表情に浮かぶくらいには想っているのだ。
それが気にならないかと言えば嘘になる。
でもサトシの願いを叶えるためなら、自分達のことなど二の次だって構わない。
サトシに危険が及びさえしなければ、サトシ自身が選んだ道を否定することなど、ピカチュウ達は絶対にするつもりはないのだ。
だからピカチュウはNに伝える。
その表情に笑顔が浮かぶように。
サトシが望んだ願いが叶えられるように。




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