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□small wish
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部長がリハビリのためにドイツへと旅立ってからどれくらいがたったのだろうか。
最初は、少しの間だけ離れるくらい平気だと思っていた。
実際に見かけには普段通りに生活を送れていると思う。
でも、ふとした瞬間。
例えば、部活のミーティングを大石副部長が仕切ってる時とか。
全校集会の連絡を知らない誰かがしている時とか。
今まで部長が存在していた空間に、部長がいないのを見ると、突然不安に襲われる。
…もう帰ってこないんじゃないか、って。
だって、リハビリが終わって完全復活をしたって、ドイツにいた方がプロへの道は近いんだし。
もしかしたらずっとドイツから帰ってこないかもしれない。
俺なんかより、テニスをとるなんて当たり前のことだよね。
俺の左手に握られた携帯電話。
ぱくぱくと音を立て、開いたり閉じたりと繰り返す度に、真っ暗な部屋がほわりと明るくなったり暗くなったりする。
それと同時に見え隠れするのが、画面の中の部長と言う文字。
真ん中のボタンを一回押せば、押すだけで部長と繋がれるのに、どうしてもその一押しが出来なかった。
怖いのかもしれない。
部長に、もう帰ってこない…お前なんかいらないと言われるかもしれないと。
部長がそんなこと言うハズがないってわかってるのに、心のどこかで部長を疑ってる俺がいる。
その小さな疑いが増える程に、じわじわと俺の心を侵食して、寝る前のこの無の時間に一気に襲いかかってくる。
―部長に、会いたい。
会いたい。
けど…
積み重なっていく気持ちをどうすることもできずに、今日もまた携帯電話を床に投げ捨てる。
ゴトリと鈍い音を聞いた後、枕の中に顔をうずめて、無理矢理眠りの世界に沈みこんだ。
―せめて、夢の中でだけでも部長に会えますように
部長がいない明日なんて、来なくていい。
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