Lollipop candy

□あいのかたち
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(――音也、音也……)

 見えずとも聞こえずとも、自分を満たす熱いもの、腰を掴む指先で音也の存在を感じていた。自分を抱いているのは音也だとわかっていた。そうして触覚で音也を強烈に意識するからこそ、声がないのが辛かった。
 何でもいい。自分を辱しめる言葉でも、罵る科白でもいい。音也の声が聞きたい。

「ひぅっ、あっ、あ……んんっ…」

 前立腺のしこりを攻めたてられ、背中が仰け反るほど喘いだ。恐怖や不安を感じてはいても、身体は快楽に抗えなかった。
 結局気付いた時には達していた。びゅるる、と噴き出た白濁がシーツを濡らす。

「っはぁ、ぁ……はっ…、はぁ……」
「……やっぱ、誰でもいいんだ」

 自身をトキヤの中に埋めたまま、音也がぽつりと呟いた。
 息を切らせながら絶頂の余韻に浸っていたトキヤは、その悲しげな声に現実へと引き戻される。

「おと……やっ……」
「言い訳してもムダ。トキヤの負けだよ」
「ちが…、これは……!」

 違う。誰でも良いはずがない。
 懸命にこちらの意思を伝えようと口を開くが、息が苦しくてうまく言葉にならない。

「…違う?一体何が違うの?トキヤは俺じゃなくたって気持ち良くなれるんだろ」
「そ…んな、ことは……っ」
「じゃあコレは何?」
「んっ…、んんっ……!!」

 音也はシーツに散った精液を指で掬い取り、トキヤの唇へ塗り付ける。それは紛れもなく己が放った欲の証。噎せ返るような青い匂いと苦味、そしてどうしようもないやりきれなさが口の中に広がっていく。

「……くそっ…」

 言葉を紡げずにいると、達して萎えた昂りを掴まれた。突然の刺激にびくり、と震えたそれは、そのまま音也の手によって上下に扱かれる。

「いや…っあ、あぁっ……あっ……!!」

 痛みを感じるほど強く荒々しい手淫に、トキヤは悲鳴のような声を上げる。それでも音也は、手を止めるどころかますますトキヤを追い詰めていく。
 先端の尿道口に爪を立て、ほじるように押し拡げた。小穴に指先がめり込んで、通常ではあり得ないほどその直径を増す。大きく開いたそこから、白い蜜が漏れ出す。

「ひっ、いぁっ、やぁ…ぁっ……」

 皮膚を引き裂かれる痛みと、無理矢理引きずり出されるような快感が同時にトキヤを苛む。
 目からは止めどなく涙が溢れ、黒い布はぐしょぐしょに濡れていた。ひっきりなしに喘がされる唇は閉じることができず、だらしなく口端から涎が零れる。
 無様に泣いて、啼いて、それでも許してはもらえなくて。

「トキヤなんて……トキヤ、なんて……っ」

 トキヤを咎め、責める声が剥き出しの背中へ恨み言をぶつける。

「俺のものじゃないトキヤ…俺じゃない誰かに感じるトキヤなんて、壊れちゃえばいいんだ…っ……!」
「あっ…、…いぁぁっ……」

 握り潰さんばかりの強さで性器を揉まれ、トキヤに二度目の絶頂が訪れた。身体を深く突き刺したままの音也はぶるりと震えたが射精はせず、ただ先走りでトキヤの中を潤していた。

「はぁ……あ、ぁ…、お、と……」

 切れ切れになる呼吸の合間に、トキヤは愛しい恋人の名を呼んだ。
 ごめんなさい。ただその一言が言いたくて、暗闇の中ひたすらはくはくと口を動かす。

「おと、や……音也…」

 返事はなかった。身体は未だ繋がっているのに、まるで彼がどこか遠くへ行ってしまったように感じる。

「なんで…そんなふうに名前呼ぶの」

 今にも消え入りそうな声が耳を掠めた。

「酷いこと、したのに……なんで、まだそんなふうに呼ぶんだよ…」

 鼓膜に届いたその声は震えていた。目では見えずとも、彼が泣いているのがわかった。
 背中にぽつり、と熱い雫を感じるや否や、小さな粒が肌を濡らし雨のように降り注ぐ。堰を切って溢れ出した涙に呼応するように、音也の喉からは嗚咽が漏れた。

「ぅっ、……うぅっ、っく……」
「…音也……」

 まるで幼い子供のようにしゃくり上げて泣く彼に、胸を引き絞られるような想いがした。
 抱きしめて涙を拭ってやりたくて、足掻く。拘束されたままの四肢を懸命に動かそうとする。細いビニール紐が皮膚を苛んでも、その痛みに顔が歪んでも止められなかった。

「音也…っ……!」
「トキヤ……ごめん、ごめんなさい……」
「え……?」

 許しを乞わねばならないのは自分だと、トキヤは思っていた。だからこそ不意に降ってきた謝罪に虚をつかれ、返すべき言葉が見つからない。
 音也は小さく「ごめんなさい」と繰り返しながら、戸惑うトキヤの拘束を解いていく。ビニール紐が切られ目隠しが外されると、手足が自由になり視界も開ける。
 長時間同じ姿勢を強いられていた四肢が軋むように痛み、目は突然の光に眩む。そうしてかくんと崩れ落ちそうになる身体を受け止めたのは、音也の腕だった。

「ごめん…ごめんね、俺……」
「謝るのは……私の方、です…」
「トキヤ……?」

 労るように抱きしめてくれる手をそっと剥がしながら振り返った。後ろに音也を銜えこんだまま、身体ごと反転させて彼と正面から向かい合う。濡れたシーツに背中を預けることになったが、それを気にかける余裕もなかった。
 胸が熱くて、苦しくて、泣いている音也など見たくなくて。
 手を伸ばし、彼の頬を伝う涙を掬った。音也が目を丸くする。大きく見開かれた目の中、澄んだ虹彩が驚愕の色を帯びてこちらを見つめる。

「…ごめんなさい、音也」
「っ、おかしいよ……どうして、トキヤが謝るの…?酷いこと、したのは、俺なのに……」
「そうさせたのは…私です」
「トキヤ……?」
「…、音也、私は……」

 言葉を拾い集めて、想いを形にしようともがいた。
 伝えたかった。悪いのは自分なのだと。あなたが泣くことはないのだと。それから――

「わた、しは……」

 しかし掠れた語尾は次第に小さくなり、音也の耳へと届く前に消えてしまう。伸ばした手は空を滑り、だらりとシーツの上に落ちる。
 目に靄がかかったように視界が曖昧になっていた。音也の姿が淡く滲んでいく。
 それら一連の異変は、酷使された身体が限界を訴えているシグナルだった。だが自覚したところで既に遅く、逆らうことのできないその兆しにやがて意識までもが呑まれてしまう。

「え…っ、トキヤ、トキヤっ……?」

 肩を揺すられても、頬を撫でられても、トキヤにはもう答えることができなかった。
 襲い来る強烈な疲労感と眠気にさらわれ、トキヤの身体は今度こそ力なく崩れ落ちてしまった。




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