Lollipop candy

□あいのかたち
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「今日、話してたアイツ……誰?」
「っふ、ふ……ん…」

 ばちん、ばちんっ、と肉のぶつかる音が部屋の中に響く。

「随分楽しそうだったよな。俺といる時よりずっと」
「…っんんぅ、ふっ……」
「……ムカつく」

 甲高い破裂音はとどまることなく続く。生温かい粘液の混ざる水音、密やかな衣擦れ、抑え込まれた苦しげな吐息。二人きりの空間は、実に様々な音によって彩られている。

「ふっ、ん、んふ……」

 視界と身体の自由を奪われた状態で、トキヤは後ろから音也に犯されていた。瞼を覆う黒い布。口に詰められたタオル。手足を縛る紐は布製のそれではなく、荷物の梱包時に使用するビニールタイプのもので、動くたびに皮膚へ容赦なく食い込んでくる。
 目隠しをして拘束されること自体が既に驚くべきことであったが、加えて今回は少しばかり厄介な事情をも伴っていた。
 視覚を遮断した理由、痛みを与える縛り方、それらは皆、音也の怒りによるものだったのだ。
 それは下校して寮へと戻った直後のこと。
 部屋に入るや否や、既に帰寮していた音也に口づけられ、ベッドへと押し倒された。彼はどこか思い詰めた様子で、突然の出来事に戸惑うトキヤの着衣を剥がしていく。まるで余裕がない性急なその手つきに、彼が何を欲しているかを察した。
 わかった、つもりだった。
 些か強引な音也の迫り方は、求められていることをトキヤへより強く意識させ、気分を高揚させる。しかし再び見上げた瞳は冷ややかで、そこには確かに欲情もあったものの、静かな怒りをも内包していた。

『…音也?』
『おしおきだよ、トキヤ』
『!!』

 そう言って音也はまず目を鬱いだ。
 唐突に視覚を遮断され呆然としていると、次いで両手首を一纏めに結ばれる。脚は大きく開かされ、膝を曲げるようにして足首と大腿を縛られた。
 妙に手際が良い。これは十中八九思い付きではなく、事前に計画された行動だ。
 そういえば仕置きだと言っていた。しかしまったく身に覚えがない。

『一体どういうことですか、これは?』

 そう問えば、音也ははんっ、と鼻で嗤った。

『トキヤが悪いんだ。トキヤが、俺に気付いてくれないから』
『……は?』
『今日の昼休み、教室行ったんだけど……トキヤは俺の知らない奴と話してて、俺に気付いてくれなかった』
『な…そんな、ことで……?』
『そんなこと?…確かにそうだね。でも俺は……!』

 そうして結局理由はよくわからなぬまま、彼の下した罰としてトキヤは酷いとしか言いようのないセックスを強要されていた。

「っ、うっ、ふぅぅっ……」

 抵抗など許されるはずもなく、声を上げることもままならない。ひたすらに腰を打ち付けられ、揺さぶられるだけ。
 快楽はあれど、それを享受することさえできない。何故なら縛られていたのは四肢だけではなかったからだ。

(こんな……ところまで……っ)

 音也は無慈悲にも、トキヤの牡茎をも固く戒めていた。どれだけ感じようと達することは許さない、まさにそれは一方的な行為――強姦に他ならなかった。

「トキヤはさぁ…誰のもの?」
「っふ、んっ……んんっ」

 あなたのものです――そう言いたくとも、口が動かせないのだから当然答えることなどできない。

「俺のもの、だよね。そうだろ?」

 吐き捨てるように呟き、音也は一際強くトキヤを穿つ。びくん、と埋め込まれた昂りが跳ね、何度目かの熱が胎内に沁みた。
 彼の怒りが、苛烈な嫉妬の情念が、身体の内側からトキヤを食い荒らしていくようだった。
 腹の中を満たす熱い飛沫の感触にぶるりと腰を震わせると、音也の手がそっと掻き上げるようにトキヤの髪を撫でた。その仕草は普段の情交の際に彼がよく見せていたものと何ら変わりなく、トキヤはともすれば自分が許されたのではないかと錯覚した。それくらい彼の手は優しく、愛おしむような温もりを擁していた。
 けれど次の瞬間聞こえてきた言葉にトキヤは凍りついた。

「…ねぇ、トキヤ。今度はもーっと、面白いこと…しよっか?」

 達した余韻もそこそこに、既に復活を遂げた彼が耳元で囁く。ぞっとするほど甘い猫撫で声から、彼が何かよからぬ企みをその胸の内に秘めていることが伺える。

「その前にまずこれとこれ、外してあげる」
「っは…はぁ、はぁっ……音也…?」

 口の中に押し込まれていたタオルが引き抜かれ、足りない酸素を求めて忙しなく胸を上下させた。前を戒めていた紐も外される。

(――……何故?)

 口と昂りを解放されて幾分か体は楽になったものの、どうしても拭えない違和感がトキヤを不安にさせた。
 面白いこと。心底楽しそうに彼はそう言った。しかしそれはきっと、自分にとっては決して愉快なことなどではないだろう。
 これは罰だ。仕置きなのだ。きっかけは些細なことで、こちらに悪気はなかったのだが、彼が傷ついてしまった以上は甘んじてその怒りを受け止めるしかないのだ。

(些細な、こと?)

 ふと疑問に思った。
 ひょっとすると些末なことと考えているのは自分だけで、彼にとってはそうではないのかもしれない。音也の中には何か小さな裂け目があり、今回の出来事がその裂け目を大きな亀裂にしてしまったのではないか。そうなると優しい彼の突然の変貌にも納得がいく。
 今更ながらに、トキヤは己の愚かさ、情けなさを実感した。自分は一体彼の何を見てきたのだろうか。表面的なところばかりに目が行き、彼の心を理解できていなかったのではないか。彼が抱える苦しみや悲しみに、見ないふりをしていたのではないか。そう思えてならない。

「ゲーム、しよう?」

 罪の意識に苛まれるトキヤとは裏腹に、酷く明るい声で彼は言う。

「ゲー…ム?」
「そう。これから俺、何にも喋らないでトキヤのこと犯すから」
「な……!!」
「目隠しされて縛られてんだもん、声聞こえなきゃ誰に犯られてるかなんてわかないよな?だから…」

 ワントーン下がった声。身体の奥底から震え上がらせるような、冷たい囁きが鼓膜に響く。

「…感じちゃったら、俺がイく前に出しちゃったらトキヤの負け、ね。イかないでいられたら許してあげる」
「そ…んな……」
「ふふ…じゃあ始めるよ」

 乾いた笑い声が、無慈悲な戯れの始まりを告げる。
 そんな馬鹿げたことはやめてくれと懇願する間もなく、腹の奥をぐりぐりと掘られた。幾度か射精を受け止めたそこはしとどに濡れていて、掻き混ぜられるたびに粘ついた音を漏らす。

「っあ、あぁっ……!」

 蕩けた粘膜が男根に絡みつき、もっととねだるように収縮を繰り返していた。
 そんな内襞の淫靡な誘いに応じるかのように、奥ばかりではなく浅瀬や中途も容赦なく抉られた。がつがつと少々乱暴に揺さぶられ、熱く固いものに擦られ、それまでは抑えられていた嬌声が次から次へと零れ出てくる。

「あっ、ひ……ぃっ、ふぁっ」
「…………」
「んぁっ…、う、んっ」

 しかしどれだけ啼こうと、音也は無言のまま。宣言通り、言葉なくトキヤを凌辱し続ける。

(――……怖い……)

 初めて、音也に対して恐怖の感情を覚えた。抱かれた身体が強張った。塞がれた視界の下に涙が滲んだ。
 怖い。怖い。怖い。
 暗い視界。何も見えない。動かせない手足。逃げることも抵抗することもできない。
 瞬く間に、全身が怯えに支配された。不安がトキヤを包む。

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