SS

みじかいゆめ
◆秋を越える技(カイジ) 


「おじゃましまーす」

小声で断りを入れながら返答を待たずに布団の中に潜り込んだ。少し狭いけれど、十分に暖かいので許すとしよう。

「ん・・・んー・・・?」

違和感に気付いたのかもぞもぞと体を縮こまらせながら寝惚けた声を出す彼はかわいい。暗闇の中でくくくと笑いながら寄り添うように更に体を近付けて熱を奪うと、しばらくの沈黙の後いきなり寝返りをうたれた。潰される潰される。

「・・・ん?!ちょ、おま・・・」

やっと状況が分かったのか急に慌て始めるカイジさん。これから寝ようというのに暴れられて目が冴えるのは勘弁なのでシーっと人差し指で彼の唇を塞ぐもあまり効果はなかったようだ。あっという間に起き上がった彼は電気をつけて、真っ黒に目が慣れた私には眩しすぎるくらいの光の元で私を見下ろす。

「自分の布団で寝ろよ・・・間違えたのか?」

そんな訳無いって分かっているくせに。奥手な彼は困ったように半開きの目を擦りながら私に尋ねた。

「一緒に寝ようよ。寒いし」

湯たんぽになってくれと言っているのに、どう解釈したのか彼はすっとんきょうな声を上げながら首を横に振った。

「いや、おま・・・俺はもう寝るからな!」

「いやいや私も寝るから」

「はあ?!」

彼はまだ半分夢の中なのかもしれない、そう思うことにして私は気を取り直して剥がされた布団をきれいに整えた。ああもう、せっかくいい感じに温かかったのにリセットされてしまったじゃないか。

「だーかーらー、」

「うんうん、おいで?」

右手で布団を捲って、猫を呼ぶみたいに舌を鳴らす。ニートのあなたと違って私は明日も早いんだから言うこと聞いてください。やっと目が覚めてきたのか(これから寝るのに皮肉なことだ)私の言うことを理解したらしい彼はちょっとの間口の中でもごもご言っているようだったが、寒いからと強い口調で急かすと結局また電気を消して布団の中に入ってきた。

「はい、おやすみなさい」

でっかくて落ち着きのない抱き枕と越す夜を私は今日一日密かに楽しみにしていたのだから、ぴたりと寄り添ったまま出来るだけ朝が遠くなりますようにと心の中で唱える。だがしかし、ふいにぎこちなく頭を撫でられれば胸の奥が苦しくなるくらいきゅうとして唐突に強い眠気がやってきたものだから、なんて、勿体ないような、そうでないような。

2012/10/26(Fri) 00:51 

◆白昼夢(一条) 


瞼の裏まで白く照らすような明るい光を避けるように布団を被りなおす。んーと唸りながら数回寝返りを打った後、眠りに落ちるまでは確かに隣にあった温もりが消えていることに気付いて急激に目が覚めた。被ったばかりの布団を撥ね除けて上半身を起こすとくらくらと視界が揺れる。枕元に置いていた時計の針を確かめたら思っていたよりずっと遅い時間だったから、あらまぁと独り言ちて大欠伸。寝過ぎたようだ、そりゃ彼がいなくなってるのも無理はない。

「やっとお目覚めか」

声をかけられ見上げれば、呆れた様子の一条さん。てっきりどこかに行ってしまったかと思ったのだけれど、いてくれたようでほっとした。今でもまだ、彼がどこにもいない夢を見るから。

「一条さん、おはよう」

触れて確かめたくて伸ばした手を緩く握られればそれだけで何よりも安心できる。昨夜だって何度も何度も交わって感じ合ってたくさんあなたに触れたのだけれど、それでも足りなくて夢の中でも離れたくないと願うくらい、愛しくて堪らないんです。告白をするようにそう呟いたら、一条さんはそうかと短く答えて私を再びベッドの海へと沈めた。私の瞳を真っ直ぐに捉えるその両眼の奥に欲の焔を見つけたら自然に上がる口角。ぐちゃぐちゃになって、どろどろになって、あなたと一緒になってしまいたい。

「おはよう、」

目が覚めて、そして目を閉じた後もあなただけで満たされていれば他には何もいらないのかもしれない。そう気付くのは少し遅かったけれど遅すぎるということはない。繋いだ指の先に悠久の時を感じながら抱かれるシエスタ。

2012/06/12(Tue) 00:36 

◆私たちすべてを同じ夜が待つ(一条) 


体を丸め冷たいシーツに包まって、たった一つの夜を待つ。瞳を閉じているのか開いているのかも分からないほどの闇が怖くて、腕を伸ばして少しだけカーテンを開けると電灯の光が鈍く室内を照らした。隣に誰もいないことを何度も意識してしまう自分の弱さに苛立つ。いつまでたってもぐしゃぐしゃな感情を鎮めたいと願うのに、延々落ち着かない。

…頭が痛いと起き上がった彼の背中に指先で触れると、怪訝そうな顔で見下ろされた。その眼が好きよと囁けばあなたは眉間の皺を更に深くして手を振り払い、不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。そんな態度を取られたって、纏わりつくような気怠さと体の奥に残された熱を意識すれば幸せだと感じられた。今夜あなたの時間を独り占めしていたのは紛れもない私なのだと何度だって確かめて、心に刻み込んだ。

「もう一度、」

あなたがいないと戻れない。思い出すだけでは再現できない。
重すぎる罰に身を沈めたあなたを今も待つ。遠すぎて届かない距離に唇を噛み締めて耐えて、眠れない今を枕元の本と過ごそうと決めた。擦り切れるほど読んだ本だ、開いた頁に書いてある言葉も諳んじることができるほどに。


“Omnes una manet nox.”

夜は等しく来る。この夜も等しく安息のための静けさをあなたに与えていますように。そして私があなたを想うのと等量だけあなたが私のことを想ってくれていますように、と強欲にもそう祈りながら今日の終わりの死を待った。

2012/05/18(Fri) 21:00 

◆低温火傷(和也) 


いつも不遜な態度で意地の悪いことばかり言ってくる彼にもどうやら甘えたいときというものがあるらしい。もちろん素直にそうだとは言わずにいつも通りの横柄な接し方でそれを伝えてくるのだけれど。

「お前もうちょっと痩せた方がいいんじゃね?抱き心地、前の方がよかった気するんだけど」

身動き全く取れないくらいに強く抱きしめておいてよくそんな憎まれ口叩けるね。と、思いはしたけれど口には出さない。何だかんだ甘えてくる和也がかわいいなあと感じているから小さい声でそうかなと返すだけにとどめておく。

「…なんだよ、つまんねえ返事。面白くねえ」

つまらなそうにそう言って、肩口に噛みついてくる。痛い、痛いけど、気持ちいい。勝手に緩みそうになる唇を引き締めて、今度はこら、と少し強めに言ってみる。だけどそんなの全然意味のないことは知っていて、ただいたずらに鬱血痕を増やされるだけ。

「また、見えるとこばっか…やめなさいってば」

「やだね」

聞き分けのない子供みたいに、やめろと言えば言うほどやってくる和也。それを利用してるくせにわざとらしくため息を吐いてしょうがないわねだなんて。

「…和也」

「あ?」

私が名前で呼ぶことなんて珍しいからか、彼は少し意外そうな顔をしてこちらを向いた。視線が絡まると何も言えなくなってしまって、心臓の音だけが大きくなる。ほぼ無意識のうちに和也の半開きの唇に私のそれを寄せて触れるか触れないか微妙な位置でまた離す。彼が何か言わないうちに抱き付いて赤くなった顔を見られないように隠す。

「甘えさせてあげよっか?ん?」

これじゃもうどっちが甘えたいのか分からない。和也もそう思ったらしく意地悪そうにククッと笑って私の腰の辺りをそろりと撫でた。

「…ふーん、そっかそっか。だったらそうさせてもらおうかね」

いつもの調子が戻ってきていることにほっとする反面、もっと和也の色んな顔が見てみたいなんて薄い独占欲の火が灯る。

2012/05/17(Thu) 04:30 

◆羅城門前から眺めた景色(一条) 


単に「飽きた」ということだったのかもしれない。お前の薄っぺらい好意に。あと、分かりやすい挑発に乗ったり不器用なトラップにかかったりして遊んでやるのも疲れる。

「あっ…」

だから今更どうでも良かった。俺を見るその瞳の奥が見えないことも。伏し目がちに俺を見た後頭を振って咳払い、再び俺に向き直ったその顔も中途半端で戸惑いを隠せていないことも。さっき彼女が首を振ったとき微かに漂ってきた香りに思考を絡め取られそうになること、も。

「おはようございます一条さん、今日も、素敵ですね」

全ての言葉に、態度に自信が無いことが手に取るようにわかる。貼り付けたような笑顔を作っては踏み込んで来ず、好きだと口癖のように言っておきながら本当の自分を隠し続けるお前が崩れていくようだ。そして、それは大層気味がいいことだと気付いた瞬間の違和感。

「わ、私…ええと、」

初めて会った頃のお前に戻ったようだと思った。あまりに控えめで地味でおどおどしてて、からかいたくなる。必死に一条さん一条さんと付いてくるのが面白くていつも名前を忘れた振りをして、傷付いたような、でも一瞬後には自分の名前を繰り返して覚えてくださいと笑っていた。いじめすぎたのだろうか、いつからかお前は人が変わったように振る舞い始めるようになって。

「…一条さん?」

それでも一生懸命俺に見てもらおうとしている様が、当然の様に俺に向けられる痛々しい好意が愉快だった。だからお前の失絶望が見えていなかったのかもしれない。自棄のように繰り返される二文字が褪せていくのに気付くのが遅くなったのかもしれない。自分がいかに、目の前で困ったように下唇を噛む彼女のことを気に入っていたのか分かっていなかったのかもしれない。

「俺は、」

本当はお前が好きだと言うたびにお前は俺との間の壁を高くしていっているように感じるから、だからもう聞きたくないのだと言いたかった。

「お前なんかもう、見たくない」

本当は『そんな苦しそうな顔をするお前なんかもう見たくない』のだと言いたかったのに。俺はいつも言葉が足りない。補うことも出来ない。知らない間にややこしく絡んだ糸は断ち切ることでしか解決へ至ることが出来ない。


お前は数回目を瞬かせた後で一つ、頷く。とても綺麗な死に顔を彷彿とさせるアルカイックスマイル。

「仕事だから会わないって訳には行かないでしょうけど、そうですね、頑張ります、そうなるように」

雑音のようだった声がやけにクリアに聞こえる。まるで皮肉だ。


「本当に、本当に私、一条さんのこと好きだったんです」

2012/05/10(Thu) 18:59 

◆ネクロフィリアの独り言(村上夢) 


その昏い目を見ていると、まるで死体と話しているような気分になる。


「それで、ね、最後にはね、お前のいつも言う言葉は耳障りだって言われたんだよ、ひどいでしょ?」

そうか、あなたを殺したのは「お前の好きは耳障りだ」という言葉だったのかとすぐに察する。律儀に好きという二文字を使わないところが憐れでかわいらしい。まいっちゃうよね、と呟くあなたは無理やり唇を歪め笑おうとしたらしかったが結局失敗に終わっていた。
いつかこうなるだろうとは思っていた。良くも悪くもあなたが店長に見せるあなたは特別だったから。…でも俺は、背中を丸めて肩を落として縮こまって俯いているあなたが本当のあなただと知っている。本物のあなたを見ている。

「…やっぱり、駄目だったなあ。頑張ったんだけどなあ…あのね、私が一条に初めて会ったときね、」

それ、何度も聞きましたよ。あなたが店長に一目惚れしたところから始まるんですよね。それなのになかなか顔も名前も覚えてもらえなかったから、地味な自分を脱却しようと個性に色を塗り重ねて、そしたら逆に鬱陶しがられて、好きなんて冗談でも言えなかったあなたなのにいつの間にか自棄の様に好きを繰り返す様になって、それでついに挫けてしまった訳ですよね。失敗したり棘のあること言われたりするたび俺に愚痴零してましたもんね、そりゃ覚えますよ、あなたの言葉。
数年前の春の頃は、何の面白味も特徴も無い私のままぶつかっていく自信ないんだよ、と困った顔をしていた。夏の日差しが強い時期、あの人に見てもらうにはもっと道化にならなきゃと訳の分からないことを言い出した。秋の長い夜には訥々と自分に向けられる目ならそれで嬉しいと言っていた。冬の寒い日に、どうせ伝わらないなら自己満足でも言うほど軽くなるとしても好きってたくさん言った方が得だよね、と空元気で自分に言い聞かせていた。…一途に店長だけを見ていたあなたを、俺はずっと見ていましたよ。

「これ以上、頑張れないかも」

その方があの人にとってもいいのかもしれないよね。か細い声はそれでもまだ演技をしているように感じる。俺は店長に見せる嘘だらけのあなたよりも、自分に自信を持てなくて後ろ向きで地味で不器用でひたむきな本来のあなたがいいと思う。

「…もう、十分頑張ったと思います」

だから触れてもいいだろうか。震えるあなたの睫毛を撫でて、今まで堪えてきた悲しみを受け止めたい。そのくらいの権利はあるでしょう?


「俺、あなたのことが好きなんです」

薄紅色の頬の上を一粒の滴が滑り落ちていくのを見た。とても綺麗だと思ったけれど、できればもう見たくない。

「…あなたの好きは、狡いね」


腕の中に捕えたあなたは想像よりもずっと小さくて温かかく、力を籠めたら簡単に壊れそうだ。もっと早くにこうしていればよかったのに、俺は今までただあなたが死ぬのを待っていただけだった。

2012/05/05(Sat) 03:32 

◆首吊りピエロ(一条夢) 


「ねえ、あの顔やってください、好きなんです」

唐突なリクエストにあからさまに眉を顰める一条。その顔も好きなんだけどなあ。そういう負の感情は全然遠慮せずそのまま表してくれるから、その点では少しは心を許してくれているのかななんて嬉しくなるから。

「別に変な顔してって言ってる訳じゃないんです、あの、お客様に向ける愛想のいいお顔やってください」

「…俺の営業スマイルを一発芸か何かと勘違いしてないか?」

「もちろん、してないですよ?」

言いながらニヤついてしまったからまるで馬鹿にしているかのように思われたかもしれないし、この場面でそれは損でしかなかったけれど口の緩みを押さえることが出来なかった。だって好きなんだもの。あの営業スマイル、思い出しただけで面白…素敵なんだもん。


「あ?じゃあ馬鹿にしてるんだな?」

「してないです。見たいんですよ。あの顔で、好きだぜ、とか言われたい、ふわー興奮しちゃう!」

一人できゃっきゃする私に刺さる冷たい視線すら気持ちいい。一条が私を睨んでくれているというおとだけで胸が高鳴るほどだ。ねえお願いと甘えた声を作ってすり寄ればはっきりした口調でキモチワルイと言われた。私もそう思ってるから、同じだね。

「ねえやってくださいよ。減るもんではないじゃないですか、ケチ。私一条さんの顔好きなんです。ああ、顔のついでに中身も好きですし」

さすがにここまで言えば、と予想通りのタイミングで襟首を掴まれ私の望んだあの猫かぶりの笑みを向けてくれる。物理的には近付いた訳だけど心的には一気に遠ざかって、見えない。

「お前の好きは、耳障りだ」

表情と裏腹に嫌悪感に塗れた声は私をゾクゾクさせる、それはもう涙が出そうなくらいに。本気で嫌われてしまっただろうか。
これじゃただの自殺だなと強がって自嘲する。

「ごめんなさい、本当に。そんなに怒らないでくださいよ」

「望み通りにしてやったろ?もっと何か言ってほしいか?」

困ったなあ、こんなつもりじゃなかったのに。やっぱり私なんかがいくら取り繕っても気を引こうとしても無駄だったのだろう。それでも少しでも私を見てくれたことに誇らしさを覚える。よく頑張ったよ。私。だからご褒美もらおう。

「…じゃあ、ですね」


お前なんか大嫌いだって、言ってください!

2012/05/02(Wed) 22:32 

◆明日も頑張りましょう(遠藤) 


努力が報われないことなど往々にしてあることで、もちろん自分にだってその経験はあるしそんな奴も毎日のように見る。その数を重ねるほどにそれは当たり前のことになるし、切り替え方や解決策もすぐ見つかるようになるものだ。が、揺れる瞳を隠し切れていないこいつはまだまだ挫折に慣れていない若者。かといってみっともなく泣いてみたり縋ってみたり駄々をこねたりすることが出来るほど子供でもない、正直一番面倒くさい年頃だ。

「…何かあったか?」

それなりにプライドを尊重してやらねばならないし、優しくしすぎてもスネる。どうでもいいやつにならうざったいからどっかいけと一言浴びせてやって終わりにするのだが、俺自身それなりに心配してしまってる以上そういう訳にもいかないのだ。ぐりぐりと頭を撫でて尋ねると、今まで一定の距離を置いていたのが嘘のように急に俺の胸に飛び込んできた。

「…私、私頑張りました」

抑えたようなくぐもった声が聞こえる。複雑な感情が熱になって溢れだしているように、その体は火照っていた。

「知ってる。俺は、知ってるよ」

背中を軽くさすってやりながら言う。例え形に、結果に残らなくともお前が頑張ってたのは俺が知ってる、認めてる。

「頑張ったんです、頑張って…」


だからいつもはお前が言ってくれる言葉を、今日は俺が言ってやる。

「あぁ、お疲れ様。今日はゆっくり休め」

お前の気の済むまで泣いたら。

2012/04/25(Wed) 22:32 

◆都合のいい聖域(カイジ) 


とんでもなく寂しい時がある。特に何があったとかいう訳ではなく、ただふいに途方もない孤独感を感じるのだ。多分連日忙しくて疲れているからだったり、ちょっとした睡眠不足だからであったり、ただ少しだけ後ろ向きになっているだけの話なんだけど。

「…どうかしたのかよ?なあ…」

動揺したような声がすぐ真上から聞こえる。それはそうだよね、夜にいきなり押しかけて無言で抱きつけばそういう反応するよね。それに別に付き合ってる訳でもなくて、ただの友達のような顔見知りのようなそんな関係なのだから。それでも何故かどうしてもこの男に、カイジに会いたくて堪らなかった。素のままの反応と飾らない言葉が欲しい、甘やかすような偽善的な優しさでなくて。

「ちょっとだけ、いい?」

その体温に触れられれば救われる気がした。カイジの背中に回す腕の力を強めて、額を彼の胸に押し付けた。どくんどくんと早い鼓動が伝わってきて私の中のリズムと重なる。とても、落ち着く。

「…よく分からんが…まあ…」

口の中でもごもごそう言ったカイジは私の後頭部の辺りを不器用にざりざりと撫で、背中を擦ってくれる。この腕の中にいれば何を疑うことも無くいられるのかもしれない。もう少しだけ、こんな、嘘とか悪意に満ちた世界から守られていたい。エゴに感けて唇を震わせながらそう思った。

2012/04/20(Fri) 01:25 

◆青色の薬(和也) 


「これなんだ?」

俺を視界に入れるだけで怪訝そうな顔をするやつの目の前で小さなボトルの中身を振って見せる。薄い青色のそれは蛍光灯の光にきらきら光って案外綺麗だ。南国の海を詰めているみたいだろなんて下らないこと言ったらそれはもう全力で馬鹿にしてきそうだからやめておく。

「何?ジュース?体に悪そうな色ね」

案の定興味が無さそうに目線を手元に移してオベンキョウに戻ろうとするから髪の毛引っ掴んでもう一度頭を上げさせた。明らかに苛ついたような顔が良い。

「飲みたい?」

「おいしくなさそうだからいらない」

即答。以前なら離せとか痛いとか不機嫌そうに言うだけだったのに今ではその代わりに躊躇いもせず俺の手にシャーペンを突き刺して来ようとするようになったのだからこいつも俺との接し方に大分慣れたもんだ。

「まあそう言わずに」

だけど俺だってお前の扱い方はそれなりに心得たさ。嫌そうにするけど愚痴ばっか言うけど結局乱暴にされるのが好きなんだよね、お前。液体を自らの口に含んで、シャーペンの攻撃を受ける前にむっとして尖らせたその唇を塞ぐ。ぼたぼたと口の端から零しながらも飲ませるまで離さない、そんで苦しそうな声がそそる。そうだ、溺れちまえ。

「…何、これ。あま…何これ」

必死に袖で唇を擦る様が小動物みたいで笑える。あと、手を離して今まで引っ張ってた髪の毛を今度は軽く撫でてやればあからさまに目を泳がせるとことか単純で気に入ってる。

「何だか知りたい?」

「当たり前でしょ!正体不明の物飲ませられて気味が悪い!」

照れ隠しなのか、机をばんと叩いて大きな声を出された。ころころと蛍光ペンが机の上を転がって、落ちる。にぃっと笑って、答えを教えてやったらどんな反応するか想像するのは難しいことじゃない。

「惚れ薬」

一瞬目を丸くした後ですぐに馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに鼻を鳴らす。それでも100%信じていない訳じゃないってのも分かる。

「…あんた私に惚れられたいの?」


それから頬をほんのり染めて、このタイミングでペンを拾うだろうなってのも予想通り。


「うん。帝愛製だから間違いないぜ」

「…嘘よね?冗談よね?」

「どれの話?」


まあ本当はかき氷のシロップを水で薄めただけのもんで、ただからかいたくてやっただけ。こんなの無くてもあんたが俺に惚れてるのは知ってるけど、顔を青くしたり赤くしたりして動揺してるあんたを見るのが楽しくてつい。

2012/03/28(Wed) 00:35 

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