SS

みじかいゆめ
◆××なんかやめた方がいいと思う(カイジ) 


「カイジさん、チョコ食べます?」

「いや…いらない」

「はーい」

一人チョコの包みを開きながら少しだけ目線を上げると興味無さそうに漫画雑誌を眺めるカイジさんが見える。きっと本の内容なんてほとんどどうでもいいんだろうな。…私知ってる、カイジさん会話とかあんまりしたくないからこうやって話しかけないでくれって空気出してるんですよね。休憩のときいつもですもんね。ちなみに一週間同じ雑誌使いまわしてるのも知ってる。すごく、よく見てるから。
それにしても、つい正面に座っちゃったけど、ドキドキしちゃって仕方ないからやっぱりやめておけばよかったなって後悔している。目が合わない内にまたチョコレートの包み剥がしに集中。努めて何でもないように口を開いた。

「私ね、好きな人できたんです」

駄目、指が震えて上手く動かない。チョコレートがぽろりと机の上に落ちる、恥ずかしい。別に告白しようとかそういう訳じゃ全然無いのに、ほんの少しでいいから私の事意識してくれないかなって思っただけの作戦なのに、こわいくらい緊張する。ほんと度胸無いなあ、私。

「…へえ、よかったじゃん」

「でも私今までお付き合いとかもしたことないし、男の人ってよく分からなくて、どうしたらいいのかなとか…」

「それってさ、」

食べる気になれないけど何となく指は動かしていたくてまたチョコレートを包みに戻す…という全く無駄なことをしていた私は、カイジさんが雑誌から目を逸らしてるのに気付いて動きを止めた。視線を向けるとすっと顔を背けられた。

「俺に相談するより佐原とかにした方がいいと思うけど…」

ええ、普通の恋愛相談ならまずカイジさんにはしないなぁとは私も思ってるから大丈夫です。だけど気まずそうなその顔が何だかきゅんとする、手ごたえ全く無くてもこれだけで得したかもなんて。

「カ、カイジさんに聞いてみたかったんです」

困ったような表情を浮かべるカイジさんを見つめたままそう言ってみると、カイジさんは少し間を開けて考えた後頭を掻きながらぽつりと。

「…悪い、そういうのよく分かんねぇ」

それきりカイジさんはまた雑誌を読んでいるフリに戻ってしまった。私ももう会話を続ける勇気も元気も無くて、結局また包みを開いてチョコレートを食べた。あまり味を感じなかった。
それから15分くらいしてカイジさんが席を立った。カイジさんの方が先に休憩だったから、仕事に戻るのだろう。携帯片手に背中をチラ見していたら急に振り返られて危うく携帯を取り落としそうになってしまった。


「一個だけ言うなら、その…やめといた方がいいと思う」

一人休憩室に残されてから深く長くため息を吐いた。そっか、カイジさん分かってたんだ。これって遠回しに振られたってことなのかな。だけど何でだろう、そんなにショックじゃない。鈍い女を演じてまだ前向きに行けそうだからかな。カイジさんが出て行った後のドアをぼうっと眺めながら、次はどんなアプローチかけてみようかなとか考える私は本当に鈍感だった。

2012/03/25(Sun) 22:45 

◆味覚の問題(アカギ13) 


風呂上がりの一杯っていうのは最高にうまい。首までお湯に使ってほかほかの体に冷えたビールが染み渡るわけ。今日も一日頑張ってよかった生きててよかったと心の底から思える瞬間。おやじっぽいと言われるかもしれないが、好きなものは好き。それに生憎そんな野暮なことを言うやつはこの部屋にはいないのだし。

「それ、そんなにうまいの?」

後ろから絡み付くように抱きついてきてそう尋ねるのは居候の少年、アカギ。最初彼が血だらけで転がり込んで来たときはすっかり気が動転してしまったものだが、いつの間にかアカギがここを宿にし始めて一ヶ月がたっている。元々女の一人暮らしで少し寂しいし心許ないななんて思ってたから、身元不明のこの少年でも一緒にいてくれればそれなりに心強かったりする。

「んー?そうね、大人の味って感じ」

「・・・へえ」

飲んでみる?とグラスを傾けたがアカギはいらないと即答して私の首筋に噛みついてきた。じゃれてきてるみたいでかわいいけど、彼を子猫かなんかと一緒にしたら痛い目を見るのはもう十分知っているから早めに引き剥がしにかかる。

「やめて、こぼれるから揺らさないでくださーい」

頭を押さえて離そうとするのに頑として離れようとしないから危うく本当にグラスをひっくり返すところだった。もしや止めるのが遅かったか。

「それじゃそのグラスを置けばいい」

「だーかーら、」

もう反論すら聞いてもらえず手から無理矢理奪い取られるビール。グラスがとん、と机に触れる音が聞こえたと同時に唇を塞がれ頭を押さえ込まれた。年下の少年にすっかり主導権を握られつつあるこの状況になけなしのプライドすらずたずたにされてく。それが情けないと同時にこわくもある。一体この子、将来どんな大人になるんだろう。

「よそ見しない」

目を逸らすことも許されず、ぺちんと軽く頬を叩かれる。じわじわ体重をかけてこられるせいで、片腕でアカギを押さえながらもう片方の手だけで体を支えている状態。対して彼は膝立ちで私を見下ろしながらまた唇を重ねてくる。このままだとあっと言う間に組み敷かれてしまう気がするが、それでもこれは甘やかしているからなんだと自分に言い聞かせて諦めることにした。
私が早々に白旗を上げたのを敏感に察したらしくアカギはするりと口内に舌を滑り込ませてきた。蹂躙するように激しく、ぐちゃぐちゃ舌を絡めてきては唾液を送ってくる。そしてそれをこぼすことをさせずに小さな声で飲めと命令。嫌だと顔を背けようとしたらごちんと額をぶつけてきて、唇を噛んできた。

「・・・っん、アカギ、」

「まだ」

生理的な涙を堪えながら唾液を飲み下す、が、アカギは満足しないようで未だ貪るようにキスを続ける。背筋がぞくぞくして、アカギに支配されるのも悪くないかもしれないなんて思うほど被虐心を揺さぶられて。気付けば体を支えていたはずの手はアカギの服を握っている。


「これも大人の味した?」

舌なめずりしながら私を見下ろすアカギの目はどこまでも挑戦的で、直感的に私はこのまま食べられるんだろうなと感じた。

2012/03/20(Tue) 22:08 

◆遠出(平山) 


がたん、ごとん。電車に揺られて、そのリズムに何度うとうとと意識を手放しかけたことか。

「次は、終点―」

路線図上でしか見たことのない駅の名前を、車掌が繰り返す。知らない町の知らない駅だ。やけに新鮮であると同時に急に寂しくなって右隣の幸雄の手を握った。

「…帰るか?」

優しい声色なんて電車の音で聞こえなければよかったのに。小さく縦に頷くと、ぎゅっと手を握り返された。

「…でも、帰りたくないなぁ」

窓の外の景色がゆっくりになっていく。知らない家、知らない踏切、知らない海がゆっくり。寄り添うように体重をかければ幸雄もおずおずと身を寄せてくれる。温かい。
がらんとした車両には二人だけ。いっそどこに行っても二人だけならいいのにな。


「一緒にいるから、大丈夫だ」

完全に停車して、ドアが開いて、急かされているような気分になってる私に幸雄がぎこちなく笑む。

「大丈夫」

頼りない大丈夫。だけど、繋いだままの手が力強く私を引いてくれるから多分、大丈夫。

2012/03/04(Sun) 15:56 

◆距離感(和也) 


例えば、はんぶんこしたメロンパンだとか誕生日プレゼントに貰ったハンカチだとか襟下のキスマークだとか。形に残る愛情のようなものの欠片はたくさんこの部屋の中にも転がっているけど、いつも何か足りない。きっと彼も同じことを考えていて、だからいつまで経っても埋まらない心の隙間をどうにか埋めようとやっきになっているのかもしれない。

「和也、喉乾いた」

少しぼうっとしながらも、頭の隅ではずっとこの状況をどう処理したものかと考えながら私を捕えて離さない彼の背中を軽く叩く。繋がったまま向き合いくっついているものだからちょっと身動ぎしただけで中を刺激されて反射的に体が震えた。

「…もっかい出そうか?」

「冗談やめて」

分かりやすくため息混じりにそう言うのに。意地悪をするように緩く耳たぶを噛みながらわき腹を擦ってくる和也をどういう訳か今は好きだなあと思った気がした。


「…今日泊まってよ」

それは私の口から零れた、言うつもりの無かったお願い。いつもは喉元まで出かかるのを我慢して飲み込む脆弱な本音。きっと何度も果てて疲れてるから、眠たいからそんなことを言ったのだと自分に言い訳しなければ嘘だよと誤魔化してしまう。そうしたくはない。

「お前が甘えてくるとか珍しいじゃん」

ぐいと腰を捕まれたと思ったら突き上げられ、いきなりのことに思いの外大きな声を上げてしまったことが恥ずかしい。咎めるように睨むと和也は楽しげににやりと笑って唇を重ねてきた。

「いいよ。その代わり、いつもみたいにお前がもう帰れ二度とくるなって言うまで抱いてやるからな」


返事の代わりに、しがみつくように抱きついた。要はただ一緒にいるだけで満足で、そうでなければ不満足なのだろう。

2012/02/11(Sat) 15:40 

◆消えない苦味(遠藤) 


帰宅途中に見慣れたやつの後ろ姿を見つける。フロントガラスの細かい雨粒にため息を吐いて乗るかと声をかければ、少しの間の後黙って頷いた。それから、何が気に入らないのか知らないが発車間際のありがとうございますからずっと黙っている。いつもはテレビがどうのだとかコンビニの菓子がどうのとか何でも無いようなことを楽しげに喋るのに、今この車内はやけに静かで暖房の音が嫌に耳につく。

「今日は大人しいじゃねえか」

雨脚が強くなって、水の粒がガラスを叩く音が大きくなる。ワイパーを早めに動かすとまた一つ雑音が増えるのに、それでもまだ静かだと感じる。

「…今日の方がうるさくなくて、良いですか?」

そんな皮肉っぽい台詞を消えそうな声で言うものだから、ますます調子が狂う。どうかしたのかとか相談があるなら聞くだとかそんなことをわざわざ言ってやるような男じゃないことをこいつも知っているだろうし、今更求めてもいないと思う。きっと言いたいなら言うし言いたくないから言わないのだろう。それが正しい理解なのか分からないままだから良くも悪くも曖昧な関係を続けられているのかもしれないと思うと、やはり何も言葉は出ない。むしゃくしゃして少しスピードを上げる。

「…ごめんなさい」

すん、と鼻を啜るのは聞いていないことにする。そのまま五分ほど経てば小さなアパートの前に着き、通行人の一人もいない道路に車を止めた。分かっているはずなのに降りようとしないのを煙草に火を点けながら待ってやる。
一本吸い終わるだろうかという頃、躊躇いがちに袖を握られた。目を伏せたままゆっくりと唇を開いて迷っている様子の横顔は知らない女のように見える。

「キス、したいです」

「…勝手にしろ」

思いの外ぶっきらぼうになってしまった声にやつは黙って頷いて、そろりと体をこちらに向けた。おずおずと俺の肩に手を乗せて顔を寄せる。電灯の仄明りではその表情は読み取れない。
唇に呼気を感じて目を閉じるとすぐにしっとりと柔らかな感触が押し付けられた。何度か緩く重ねた後、誘うように上唇を舌で撫でられる。

「遠藤さん…」

密やかな声に次いでまた口付け。唇を薄く開いてやるとそろりと舌を入れてきて、口内を探るように動かす。吸い付くように舌を絡めてちゅ、と音を立てながら熱い吐息を交わらせた。ぬるりと舌を擦り付け合えば少しざらついた感触が気持ちよい。主導権を持っているのはあちらのはずなのに、重ねた唇の隙間から漏れるやつの声は喘いでいるようだ。
肩に置かれているはずだった手はいつしか抱き付くように回され、俺もまたいつの間にかやつの後頭部を押さえつけるように撫でていた。濃厚な接吻に、ガキのように必死になっている。

…このままどっか遠くまで連れて行くのもいいかもしれない。帰りたいて言っても帰さないし、降りたいと言っても降ろさない。
そんなことを思ったのは俺とは違う銘柄の煙草の味を微かに感じたからに違いない。

2012/01/29(Sun) 01:19 

◆ひつようなとき(和也) 


やけに喉が渇いて目が覚めた。
視界の端に映った時計は2時45分を指している。まだ寝入ってから一時間しか経っていないのだと気付いた途端に出る欠伸。やはり面倒だ、我慢出来ないほどでもないからこのまままた眠るかと思ったのだが。
首を横に向けて、死んだように眠る女の様を見ると何故か目が冴えてしまう。とうとう起き上がって見下ろすようにじっと眺めてみるが、俯せて息をしているのかも定かでない静かなその寝姿。もしかして死んでいるのかもしれない。顔が見えない。分からない。
そうっと手を伸ばして髪の毛の隙間から見える細い首筋に触れる。脈を確認するようにその首に手をかけると、その温もりと脈拍に心地よさを感じた。と、同時に残虐な好奇心も沸き上がってきてついうっかり、俺は両手で首を掴んでいた。こいつが起きたらやめようと思いながらゆるゆると力を込めていく。
…が、いつまでたっても何の反応も無い。そろそろ本当に死ぬのではないかと思うと勝手に力を抜いてしまった。数回、瞬きをする間にもぞもぞとやつの指先が動いてシーツを握る。

「ころし、たかった?」

くぐもった声が無感情にそう尋ねた。だるそうに身動ぎして、半開きの眠たそうな目が俺を見るが何を考えているのかは知れない。

「…わかんね」

正直にそう答えた。もちろんこいつを嫌いではないから、あっけなく殺してそれっきりにしてしまうのは勿体ないと思う。でも気に入っているからこそ死に際のこいつを飽く迄見てみたいとも思う。
締めたばかりのそこを今度は優しくなぞるように指先で撫でると、やつは気持ち良さそうにまた目を閉じた。何となく、こいつはこんな顔で死ぬような気がして、少しだけ欲求が静まった。

「ひつようなときに、ころして」

一つだけ注文付けていいのならあんまり苦しくないように。
そう付け足して何事も無かったかのように無防備にまた眠ってしまったから、俺はしばらく一人温もりの残る手のひらを眺めた。

2012/01/14(Sat) 01:32 

◆中途半端な男(平山) 


代打ちの仕事を終えて帰るなり玄関で力いっぱいの抱擁を受けて戸惑っている。淡いシャンプーの香りに誘われておずおずと腕を回して抱き締め返した体はいつもより熱い。加えて頭を擦り付けるようにして甘えてくるものだから不覚にも鼓動が高鳴る。

「…遅いよ」

そんな不満そうな声に顔を覗きこむと、いきなりするりと首に絡み付いてきた腕。彼女が背伸びをしてキスをする、それも感触を楽しむように何度も唇を合わせてとろんとした目をして。しかし熱っぽい吐息に酒気を感じてまた飲んだのかと内心ため息を吐く。

「キスするとき邪魔だから、このサングラスきらい」

わがままにそう言ってサングラスをひょいと取り去った彼女はじっと俺の目を見た。いつもは俺なんかよりずっとしっかりしているのに最近はよく一人で飲んではこうして過剰に絡んでくる。勿論嫌だという訳では無いが肝心なことは何も言ってくれず、俺ではなく酒に頼っているような気がして複雑なのだ。

「髪の毛は、おろしてる方がすき」

数秒見つめ合ったのちそれに飽きたかのようにふいに彼女は俺の髪の毛をくしゃくしゃと乱してから少し笑った。…彼女の瞳に“中途半端な”俺が映っている。好きだともう一度繰り返す唇を今度は俺の方から塞いで、調子に乗って舌を入れると緩く犬歯で噛まれ無言でやめろと言われた気がした。唇を離すと彼女はまた俺の胸に顔を埋めて縋るように背中に手を回した。

「幸雄が帰って来るの遅いと、こわいの」

「…怖い奴でも来たのか?」

彼女は俺にしがみついたまま首を横に振る。もしかして俺のいない間にそういう関係の人が来たのかと思ってヒヤリとしたが違うらしい。彼女には関わって欲しく無いし巻き込みたくないのに一緒にいたいのは、俺の我儘だ。彼女が嫌ならば、彼女に害が及ぶならすぐに離れる覚悟はしているつもりなのにいざその可能性を感じると心が揺れる。この腕の中から離したくない。

「帰って来なかったらと思うと、こわいの。別人になって離れていってるみたいでこわい、の。ねえ、」

彼女は震える声で、いつもは強がって口に出さないのであろう質問を投げ掛ける。

「幸雄は私を置いてどこかに行ったりしないよね?」

「…ああ、」


きっと離すとしたら俺の方からこの手を離すのだろうけど出来ればずっと一緒にいたいんだ。そんなどっちつかずなことを思いながら曖昧に返事をした。

2012/01/10(Tue) 17:55 

◆ヒメハジメ(和也) 


「なあなあ、姫始めしない?」

「…何それ」

知らないと思ってそう言ったから目の前の怪訝そうな顔には概ね満足。ぐいと両肩を掴んで顔を寄せると眉間の皺はさらに深まる。

「しようよ」

「だから、何なのよ」

フライング気味に唇を奪おうとしたら手のひらで顔を押し返される。その手加減のなさを気に入っているのだから仕方ない。

「三つだけ質問許可するから当ててみなって」

「…面倒くさ」

「じゃないと無理やりする」

まあ、どうせするんだけど。それは心の中だけで付け足して、はやくしろと肩を揺すって急かす。

「ハイハイ、えー、それは何人でしますか」

「俺とお前」

「あー…痛いですか」

「痛くないように優しくするから大丈夫」

「……この場でしますか、あ、いや、いつしますか」

「この場でするし年の始め、今すぐな」

逃げるためにものすごい早さで身を翻そうとするのを力ずくで阻止してベッドに押し倒す。引きつった顔とシーツに広がった髪の毛がそそる、思わず舌なめずり。

「マジお姫様みたいに扱ってあげようか?」

そういえば去年は六割くらいお前のこと考えてた気がするわ。これも心の中だけに留めておいてまずは然る可くタイミングで唇を重ねる。

2012/01/02(Mon) 00:06 

◆となり(アカギ) 


「…私がいなくなったら、寂しいですか?」

がらんとした部屋の真ん中に一つ敷いた布団にアカギさんと二人で包まっている。もう足先まで温くなるくらいの時間布団に入っていたし、もしかしたらアカギさんは寝てしまったんじゃないかと思ったけどふと口を突いて出た言葉。アカギさんの方から喉の奥でくくっと笑ったのが聞こえた。

「何、眠れないの?」

拳一つ分ほど空いた距離を寝返りで埋めてアカギさんの袖を指先でいじる。触れても繋がってもアカギさんの心は遠く感じて、切ない。こうして触れるか触れないかでいるほうがまだ、少しの希望や余裕があっていいから。

「寂しくない、ですか?」

自分の首を締めるような質問をわざわざ重ねて、そして聞かなければよかったと後悔して。だけど嘘でもいいから安心できるような言葉が欲しくて仕方ない。

「…さあ、アンタがいなくなるのにもきっと理由があるんだろうから。離れるって決めたんなら無理に追わないし」

「寂しくないんですね」

「そうとは言ってないけど」

それを聞いてから私は袖から手を離してまた寝返りを打った。アカギさんに背を向けて目を閉じる。私が欲しい簡単で薄いその場しのぎの言葉を、アカギさんはいつもくれない。掴み所が無くて本心が見えない玉虫色の返事に不安ばかりが募る。

「…私は、アカギさんがいないと寂しいです」

外が静かすぎて怖いのかもしれない。こんなにしつこいと嫌われるかもしれないと思ったけど、一方的にでも喋っていないと、確かめていないとおかしくなりそうに孤独を感じるのだ。


「…そんなに不安なら力いっぱい握り締めてればいい」

アカギさんはそう言ってするりと背後から抱き締めるように腕を伸ばして手を握ってくれた。私より少し体温の低いその手が気持ち良い。

私はずっと傍にいてほしいが言えなくて縋るように握り返す。

2011/12/29(Thu) 20:42 

◆溶かして消す(一条) 


今から会いに行くね、とメールが来たから仕方なく遅めの夕飯を中断してこうしてマンションの前まで出てやっている訳だ。きっと理由なんてなくただ会いたいだけなのだろうなと想像はつくが、あいつはどうでもいいような最もらしい訳を作って来るのだろう。何かきっかけがないと話せないし顔も合わせられない不器用なやつで、まあそこがかわいいところだから気付かないフリをしておく。が、暖房の効いた室内との気温差は思いの外激しく上着を着てこなかったことを後悔しながらも、取りに戻らないのはあいつが知らない俺の優しさみたいなものだ。ほらプラスマイナスゼロ。
待ち続けて20分、向こうから手を振って暢気にやってくるあいつを見ると気が弛む。歩み寄るとちょうど一歩分の距離を開けて紙袋を突き出される。

「これ、忘れ物。この前来たときの」

ありもしない忘れ物を受け取ってじっとその目を見つめるがすぐに逸らされる。

「…この為だけに来たのか?」

わざと呆れたように尋ねると、頷きながらマフラーを口元まで上げた。暗いからよく分からないが頬を染めたんだろうなと分かる…触れたらきっと温かいんだろう。

「これだけだよ。じゃあねおやすみ」

振り向いてなびいた髪に手を伸ばしかけてやめた。そうして努めて澄ましているのが丸分かりの背中にかける言葉を選んでいる間に届かない距離に開いてしまったから、中身の無い言葉は白い息に溶かして、もう追い掛けて無理やり抱き締めて引き止めるしかない。

2011/12/18(Sun) 22:55 

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