dream

□正しいデートの仕方
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「まず、手を繋ぎましょう」

天気は快晴、風は無くいつもよりかは寒くない。お気に入りのワンピースと新しいマフラーのお陰で、いつもより少し自信を持って前を向ける。ドキドキしながら、昨日の時点で言おうと思ってた台詞を口にするとまた少し体温が上がった気がした。

「…分かったよ」

渋々といった様子ではあったけど差し出された左手に一瞬ぽかんとしつつも、すぐににやける口元をそのままにその手を握った。こんな街中で手を繋ぐだなんてとても恥ずかしいのだけれど今日で無ければこんなこともう二度としてくれない気がしたから、どうせなら。

「あ、あのね、そういえば昨日の話なんですけど…」

自然に会話をしようと意識した時点で全く自然な感じにならないのをひしひしと感じながらも、間を持たせようと早口に喋る。無言の時間が数秒続いたら、私はきっとその空気に耐えられなくてもういいからやっぱり帰りましょうと言ってしまうだろう。

「それはいいが、どこに行くんだ?」

「え、映画!見に、行きましょう」

これも用意していた台詞。大体の流れは昨日しっかり考えて声にまで出してシュミレーションしたからばっちりだ。ここから一番近い映画館もチェックしてあるし、更に言えばその後入ろうと思ってる喫茶店への道のりと凡その時間まで完璧に把握してる。抜かり無い。だってせっかく遠藤さんが、デートをしようという私の誘いに、条件付きだとしても縦に頷いてくれたのだから、失敗したくない。思い切りしたいことして、出来るだけの我が儘を言ってみたい。


「これ、これ見たいんです」

ラブロマンスなんかは恥ずかしくて見れないから、指差したのはCMとかでよく見る今流行のアクション映画。遠藤さんがいいという前に手を引いてチケット売り場へ。大人二枚で、と言うのが何だか嬉しくて声が上ずってしまう。
隣に座って映画見て、内容より隣が気になって、こっそり表情を盗み見たり。意外なラストに感動しちゃってこっそり袖で涙を拭ったら笑われてしまったり。見終わった後感想言い合ったり。それは想像してたよりとてもとても楽しくて、ああ、デートっていうのはこんなに楽しいものなんだなあって幸せになる。

「あ、そうです、次はね、喫茶店に行くんです」

当然のように手を伸ばして握る。自分からそうしておきながらまだ気恥ずかしさを感じていることを覚られないように半歩前を歩いて、はやくはやくと急かす様に手を引いた。
遠藤さんと入った喫茶店は私が普段からよく行くお店で、メニューをほとんど覚えてしまっているくらいお気に入りの場所。私がいつも座る窓際の少し奥まった席に勧めて腰を下せば、思ったより疲れていたことに気付く。嬉しくて疲労なんてほとんど感じてなかった。

「私ケーキセットにしますね。遠藤さんは…?」

「コーヒーでいい」

店員さんに飲み物は何にするかと聞かれたので、いつもはジュースを頼むところを今日はミルクティーに。それなりに馴染んだ所でも、遠藤さんと一緒にいたら全然違う景色が見える。特別に感じる。程なくして運ばれてきたティーカップの中身を必要以上にくるくるとかき混ぜながら、ほとんど一方的に他愛ない話を続けた。

「ここのケーキ、ものすごくおいしくて、クリームがすっごくふわふわで、あの、一口あげますね、きっと遠藤さんも好きになると思うんです、」

こうして話をしていると、私の世界の途方も無く狭いことを知る。もっと遠藤さんが興味ありそうな話を出来ればいいのに、私にはそれが分からない。遠藤さんのことが好きなのに、遠藤さんの好きなものが分からない。もっと私の目が色々なものを見ることが出来て、私の頭の中にたくさんの知識があれば会話も弾むのかもしれない。無知な自分がもどかしい。ふと口を噤んでしまったら何も言葉が続かなくなって、誤魔化すようにミルクティーを啜る。砂糖が足りなくて、少し渋く感じた。

「…よく知ってるな」

「え?」

遠藤さんがカップを持ち上げながらこちらを見た。サングラスの向こうは見えないけれど、とりあえず退屈そうな風では無かったからほっとする。

「ケーキのことだとか、映画のことだとか、な。俺にはよく分からねえから全部新鮮だ」

そう言うのを聞きながら、何となく目線を手元のフォークの先にずらした。

「…楽しい、ですか?さっきから私が自分のことばっかり一方的に話してるだけで、つまらなくは無いですか?」

いきなり店内の音楽がいやに耳に入るようになる。やっぱり聞かなきゃよかったと、最後に食べる予定だった苺を口に入れながら後悔した。口の中に広がる甘酸っぱさをすぐに飲み込んで、何でもないんですと首を横に振りかける。

「…見てて飽きねえよ。楽しそうに話すお前の表情は」

だからもっとお前の話を聞かせろ、と。
私が訊ねたとはいえそんな風に言われたのは初めてで、戸惑うけれど嬉しくてどんな顔したらいいのか分からなくなってしまう。すっかり話題が思い浮かばなくなってしまったし、どうやら遠藤さんのカップは空になったようだから私も残りのケーキをさっさと食べてしまった。
伝票を取って席を立ってしまった遠藤さんのポケットにこっそり自分の分の代金を突っ込んでから喫茶店を後にした。

「遠藤さん、最後にね、公園に行きたいんです」

時刻を確認して、思ったより時間が無かったから手を繋ぐのも忘れて早足に近くの公園へと向かう。その公園に何があるわけでもない、何かイベントがある訳でもない。ただ、デートで公園に行ってみたかった、ほんの少しの時間でもいいからその思い出が欲しかった、それだけ。
この時期だし、辺りが暗くなりつつあるこの時間の公園はがらんとして見える。散歩をしている人すらいなかった。ただ二人だけで寂れた公園の端っこのベンチに並んで腰掛けている。黙っているだけで数分が経って、公園の真ん中の時計が、私からしてみればあっと言う間に午後6時を示した。

「デート、終わりですね」

今日の12時から18時だけでいいからと頼み込んで契約したデート。雰囲気だけでも知ってみたくてお願いしたデート『ごっこ』。
とても楽しかった。遠藤さんが私のことを面倒で背伸びをしたいだけの子供だとしか思ってくれなくても、私はやっぱり本当に遠藤さんのことを好きだと思った。『ごっこ』でもいいから、ずっと記憶に残しておきたいと感じた。それが、正直な感想。

「もう一つだけお願いがあるんです」

これからも遠藤さんと緩くお付き合いしたいから、えへへと笑う。

「私上手く切り替えられないから、遠藤さんの口からちゃんと、デートごっこは終わり…的なことばしっと言ってくれませんか?」

そしたら今日はさっくりさようならしてまた明日いつもみたいに振舞えると思うんです。
遠藤さんはああ、と頷いて私の方に顔を向けた。私も真っ直ぐその顔を見上げる。

「お前のお遊びに付き合ってやるのは、これでもう終わりだ」

ああ、やっぱりちょっと胸が痛いな。確かに遠藤さんにとってはおままごとの延長、遊びでしかなかったし、私の我儘に付き合わされただけに過ぎないからだって理解してるつもりだったのだけど。でもこれですっぱり気持ちを切り替えられるから、お礼を言おうと一瞬伏した目を上げる。


「…えっ」

くいと顎を上げられたのと唇が触れたのはほぼ同時で、それは瞬き一回の間に全部終わっていたように感じた。何が起こったのかを正しく脳が理解したら、いきなり心臓はどくどくと跳ねて顔が痛いくらいに熱くなる。


「今更遊びでやめとけばよかったなんて言っても遅いぞ?」

遊びだと侮っていたのはもしかして、遠藤さんじゃなくて私の方だったのかもしれない。確かめるような二度目のキスを受けながら、私はもう最後に一度だけ自分の気持ちを見つめ直す。


「私、遠藤さんのことが本当に好きなんです」

デートの始まりは愛の言葉から。

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