dream

□バレンタイン(和也)
1ページ/1ページ


「なあなあ、まだできねーの?」

「見て分かる通り、まだ全然できねーの、よ」

急かしてるのか邪魔をしているのか分からないが、しきりにエプロンを引っ張って話し掛けてくる和也がそろそろ鬱陶しい。
どうしてこんな面倒なことになったのかと思い返すがどう考えても私に落ち度は無い。休みだからと昼まで寝て、どうせ暇だし気紛れにバレンタインのお菓子でも作ろうとのろのろと支度を始めて。エプロンをつけたところで玄関のチャイムが鳴った。そうか、宅配便か何かだろうと警戒もせずに出たのがいけなかったのか。あの時ちゃんと相手を確かめていれば。

「砂糖ってそんなに入れんだ」

「これでも少なめよ」

物珍しげに眺められてると少し緊張する。本当にただ気が向いたからお菓子作りなんてしてみようと思っただけだから手際もよくないし不慣れだし。

「出来たらちゃんとあげるからあっちで待ってなさいよ…」

しかし和也はやだねと即答してボールの中身を掻き混ぜる私の手を握ったりなんかしてくる。共同作業だとか何とか言って体を密着させられたから体温が上昇してきた気がした。

「俺、菓子作るのとか初めてだし」

「…それはよかったわね」

絶対、わざと、耳の近くで言ってる。意味の無いことだとは思いつつも、何も意識してない振りをするのは大変だ。混ぜおわったら次、次はどうするんだっけ?

「くっついて、ドキドキしてんの?」

やはり見透かされてたようで、楽しそうにそう尋ねられた。大きく動いてボールをひっくり返すのが怖いから振り払うことも出来ず口先だけで突っぱねるしかない。

「してません!」

「…嘘はよくないな」

突然手を掴むのとは逆の手が私の胸部に触れてくる。とっさに体を固くしたが耳元でくくっと笑われただけだった。

「ほら、すっげー早いし」

ぐっと胸に手を押し付けられて、最早気が気じゃない。ボールから手を離して体ごと和也を後方へ押す。

「手、どけて」

「何で?ちょっと触っただけで感じちゃうから?」

おちゃらけた様がとても腹立たしいから少し強めに手を叩いてやった。

「違うっ、邪魔で、作れないでしょ!」

怒鳴ってからぷいと台所に向き直る。しかし和也は大して気にした風も無く、あとは型に入れて焼くのみの生地をしげしげと眺めるだけ。私が感情を顕にするほど空回りなの分かってるし、それが和也にとっても楽しいのだろうと知ってるけど毎回繰り返すのだ。ばかみたいに進歩せず。

…それから意外にも和也は真面目に手伝いを始めて、何だかんだ一緒になってお菓子作りをしてた。まだかなとオーブンを覗き込んだり、焼いてる間に洗い物を片したりするのは…それだけのことなのに、楽しかった。口には出さないし、悔しいから表情にも出したくなかったけれども。


「へー、できたじゃん」

ざっと5つほど並べた完成品を前に、何故か私より満足げに頷く和也。

「…で、何が出来たワケ?」

「分かってなかったのね!見た目があんまりよろしくないから見ても分からないのかしら?!」

「そんなカリカリするなって」

脈絡も無く唇を塞がれて、やり場の無い感情は強く閉じた拳の中に握り潰される。そんな適当なやり方で誤魔化されてあげる私ってとても大人だと思った。

「食っていい?」

「どーぞ」

次が焼き上がる前に味見も兼ねて食べちゃうのもいい気がして、とりあえず冷蔵庫に飲み物を取りに行く。コーヒー牛乳を手に戻ってみるとまだ和也は口をつけていないようだった。

「でもこれ、今日中には全部食えないよね」

「あのねぇ…誰が全部あげるって言ったのよ」

コップに冷えたコーヒー牛乳を並々注ぎながらそう言うと和也は口元を怪しく緩めながら私を見つめた。

「俺が何の為に今日来たと思ってるんだよ」

「…えらく食い意地が張ってるわね」

違う、違う。和也は出来てのマフィンを一口齧って首を振る。


「準備から当日まで全部貰おうと思って来たんだからさ、それ相応のモンはしっかり貰うよ?俺以外には欠片もやらねー」

うまいから食ってみろと差し出された、一口分欠けたそれを素直に齧ったのは、きっとそれなりにバレンタインというものを楽しみにしていたからなのかもしれない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ