dream

□蛇足な本音
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本日は曇天、少し肌寒い。もうすぐ日暮れ。上着はもう少し厚手のものにすればよかったな、それにそろそろ手袋とかマフラーとか必要な時期だ。今年の2月末にはしまったはずだからどこにやったのか記憶が曖昧。ちゃんと整理しないと駄目ね。
…手をすり合わせながらちらちらと周りを気にするけど、待ち人はまだ来ないようだ。ため息が一瞬白く残ってすぐ風に流れていくのを見て寂しくなる。はやく、こないかな。

「悪いな、待たせて」

ああ、やっと来てくれた。なんだ、来てくれたんだ。どきんと胸が高鳴ったのだけど、それは私にかけられた言葉じゃなくて私の隣のお嬢さんに向けられていたのだと気付いて上げかけた顔をさっきより深く俯けた。お嬢さんは嬉しそうに立ち上がり、スカートをひらりと翻して男と一緒に足取りも軽く行ってしまう。あんな短いの私には無理、だけど、勇気出して着てみたら彼何て言うかしら…まあ、きっと顔をしかめて似合わないと言うのだろうなと容易に想像出来るし私もそうだろうなと思うんだけどさ。
そんなことを考えながら腕時計を見て、ここに着いてからもうすぐ一時間経つんだと知った。

『駅前広場の噴水のとこに集合』と決めたのは1週間前のこと。付き合い始めた日なんだとこじつけたものの、別にそんなことは大した問題じゃなくてただデートしたかっただけ。記念日だとか何とか理由をつけないと誘えなかっただけ。意外にもすんなりオッケーが出たから本当に嬉しかったのに。


「ね、お姉さん一人?」

お嬢さんが行ってからまた一時間経つ頃に隣に誰か座ったけど、私が待っている人の声じゃないから気付かないフリをして買ったばかりのブーツの爪先を見てた。

「ずっとここいるよね、人待ってるの?彼氏?」

とりあえず人に話し掛けるなら噛んでいるガムを捨ててからにすればいいのに。無視を決め込んでいると調子に乗ったナンパ野郎は私の肩を抱いて顔を寄せてきた。

「緊張しちゃってる?かぁわいいー!ね、どうせ来ないってそいつ!だから俺と遊ぼうよ」

何なの、むかつく。来ないかもなんて分かってるけどこんなやつに言われるととても腹が立つ。それに緊張してない、寒いから体縮こまらせてるだけだ。
…だけど私はか弱い女だから早く来てくれないと悪いナンパ野郎にほいほい連れていかれてあんなことやこんなことされてお嫁にいけない体にされてしまうかもしれない。だから、はやく、来てよ。


「お姉さんったら…」

「……今来なかったら、ずっと来ないわよ!ばか!分かってるわよ!待ちぼうけよ!」

とうとう我慢が出来なくなって、私は思っていることを叩きつけるように叫んでナンパ野郎の腕を振り払った。だってこいつ太もも触ってきた、息が当たるほど顔近かった、きもちわるかった。こんなにピンチなのに来てくれないんだから、もう彼が来るタイミングなんか無いんだから!
半ば自棄になってあっちいけとナンパ野郎をビンタしてその場を逃げるように立ち去った。

分かってるなら帰ればいいのに、私。帰ろう、そうしよう。暖房効いた部屋で録画しておいたドラマでも見ながらお気に入りの紅茶を淹れて飲めば心も体もそれなりに温かくなる。
駅の改札まであと十歩、勢いに任せてそんなところまで早足で来たのに、やっぱり立ち止まる。それでも私は、無駄でも待っていたいと思ったから。ばかなんじゃないかな。ポケットから携帯を取り出して電話してごめんなさい待ってますとそれだけでも素直に言えればきっと会えるのに、意地っ張りな私はそれを分かってるのにそうは出来ない。たった一つの、きっかけも忘れたような些末な喧嘩なのにほんとばかみたいにむきになってる。


だから日が沈んでもやっぱり、私は噴水のところに座って待っていた。携帯で何度か電話やメールを試みたけどやっぱり勇気が足りなくて、ずっと迷い続けてた。謝ったところで許してくれなかったらどうしようとか約束自体忘れてしまってるんじゃないかとかぐるぐると否定的な考えばかりが渦巻く。もしも別れようなんて言われたらどうにかなってしまう。
目まぐるしく人が入れ替わる広場にずっと一人ぼっちなのは私だけで、きっとこんなに長くこの場に居続けたのは私が初めてなんじゃないかなと思った。手を繋いで歩くカップルもはしゃぎながら通り過ぎる学生の群れもみんな楽しそうに見える、羨ましい。

だんだん人も少なくなってきた頃にはもう体の芯まで冷えきってて、急な睡魔に襲われながら携帯片手にうとうとしてた。一回電話してみたのだけど繋がらなかったからすっかり心が折れている。このまま寝ちゃったら大変だから今のうちに帰った方がいいのに、細い糸みたいな僅かな希望的観測にいつまでも縋ってしまう。あと5分、やっぱりあと10分と。
…まあ、でも別に寝たとしても死にはしないよね、風邪ひくかもしれないだけで。じゃあ、いいか。いいよ。そんなことを思って睡眠の心地よさに身を委ねようとしたのに。


「馬鹿!」

いきなり両肩掴まれ思い切り体を前後にがくがくと揺すられた。薄く目を開いて顔を上げるとずっと待ってたはずの彼がいたから、まずおかしいななんて思ってしまった。夢か錯覚みたいだと。

「いちじょう…?きたんだ」

だけどじわじわ嬉しさが込み上げてきて自然に笑みが零れる。一条は唇を噛んだかと思うとすぐにため息をついた。

「お前、いつからいたんだ…」

「今来たばっかりだけど?」

何時間も待ってましたなんて言ったらまた馬鹿って言われそうだからそう答えたのに、一条は何とも言えない表情を浮かべて小さな声で馬鹿野郎と呟いた。
駅出て走って来たのか息が少し荒いから、なんかかわいいなあと思ってぎゅうと抱き付いてみた。そしたら温かくてたまらなくて、溶けてしまいそうだと感じる。素直になれば馬鹿と言われなくなるのだろうか、今より好きだと思ってくれるのだろうかと夢見心地の幸せの中で反省した。

「悪かったな…今日も、この前のも」

「別に気にしてないし、一条が謝ってるとか、変。今日だって全然待ってないし、私が勝手に来ただけだし」

だけど、こんな憎まれ口ばかりの唇だから一条はやんわりと塞いでくれるのだろうか。

涙が出そうなほど好きだから、余計なこと一つ言ってしまおう。



「でも、もう少しだけでいいから傍にいて欲しいよ」

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