dream

□背伸びと矮小な背中
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『お仕事、忙しいですか。頑張ってください』

何か変だな、堅いし。

『少しだけ行ってみてもいいですか?』

だめだめちょっとストレートすぎるし駄目だってくるだろうって分かってても予想通りそうきたらへこみそうだし。

『今日は色々絶好調でした!ところで遠藤さんに会いたいです!』

バカみたいだ。だんだんなにがいい文章かよく分からなくなってきた。

『遠藤さん遠藤さん!えへへメールしてみただけです!』

…最高にうざったい。

私は深くため息をつきながら作りかけてたメールの文面を消して携帯を閉じた。そのままベッドに倒れこんで天井を見上げる。
数十分ほど書いては消しを繰り返していたけどやっぱりやめにしておこう。別に連絡寄越すなとか言われた訳じゃなくて、最後会ったときすごく疲れたような顔してたしこの前のメールも返って来なかったから忙しいんだろうなって。お仕事の邪魔してうざったく思われたくない。メールとか電話してないのだってたった2週間だ、このくらいが我慢できなくてどうする。

…と思って自分を励まし宥めるもやはり気は重たい。そもそも私と遠藤さんの関係って何なのか。私が一方的に好きだと言って色んなことをせがむだけで遠藤さんから何かそういう言葉やアクションを貰ったことはない。でも確かに、キスは一回だけしてもらったもの…夢や記憶違いで無いと信じたい。
だけどだけど、いつだって埋めることの出来ない歳の差もネック。いつまでたっても私は子供で未熟に見えるんだろう。恋も愛も分かってないのに背伸びしたいだけの子供に。

「あーもー、分かんない!」

考えるほどますます自信が無くなって悲しくなってきて、携帯を放り投げた。携帯とストラップが床に叩きつけられてがしゃんと重たい音がした。壊れたっていいもん。どうせ一番欲しい人からは何も来ない。
私は寝返りをうってうつ伏せて、そのまま眠りに落ちてしまった。


…うるさい。うるさいうるさい。何が原因だろうと思い当たるまでに少し時間がかかってしまった。それが私の携帯の着信音だと気付いた瞬間に目を見開いて反射的にがばりと身を起こした。寝ている間に真っ暗になってしまった部屋で、ほぼベッドから落ちるように音源まで這って行って携帯を開くと遠藤さんからの着信を知らせるディスプレイ。

「…も、もしもし…」

緊張と不安に加えて、起き抜けだからすごく不機嫌そうな声になってしまったんじゃないかとか心配をしながら携帯を持つ手の力が強くなる。

「やっと出たか…元気か?」

疲れているような声色だったが、怒ってるとかでは無さそうでとりあえずほっとした。でも久しぶりに遠藤さんの声を聞いたら、私の胸はぎゅうっと苦しくなって口を開いたら何を言ってしまうか分からないくらいたくさん言いたい言葉が頭の中に巡る。だから結局、イエスかノーで答えられるはずの元気かという質問にもどう答えたらいいのかも分からなくなって黙ってしまった。

「…悪かったな、放っておいて。それとも、愛想尽かしたか?」

遠藤さんが謝ること無い、愛想尽かす訳もない、なのにまだ私は言葉を迷っている。それはそんな風に聞いてくる遠藤さんに戸惑ったという理由もある。

「遠藤、さん…」

「なんだ?」

ぶっきらぼうなのにやけに優しく言ってくれているような気がして何だか涙が出てきた。一旦決壊を許すと止まらなくなってしまって、私は遠藤さんと繰り返しながら泣いてしまう。

「ごめんなさい、遠藤さんごめんなさい…こんなつもりじゃ…」

携帯の向こうでため息が聞こえた。呆れただろうか、やっぱり子供だなと思われただろうか。見えない表情を想像しては少しでも嫌われたくないと涙を止める努力をするのに。


「今、お前の家の近くにいる」

「え…?」

「…待ってる」

それを最後に電話が切れて、ツーツーと無機質な音だけが残る。袖でごしごしと目を擦って携帯を思い切り握りしめて立ち上がる。鼓動が早くなって胸が苦しい、だけどとにかく外に出てみなくちゃいけない!ドアに体当たりするみたいにしながらどたどたと覚束ない足取りで家を出た。前の道路に飛び出して左右を見回してそれらしい人影を探す。

「遠藤さっ、」

「…元気そうじゃねえか」

突然腕を捕まれたかと思ったらもう抱き寄せられていて、あっと言う間もなく私は遠藤さんの胸に顔を埋めていた。

「何泣いてんだ、お前が謝ることがあんのか?なあ」

答えたいのに、頭を押さえつけられて喋ることが出来ない。こんな遠藤さんは初めてで、なんだかいつもよりくたびれているような気がした。私と同じように、自信が無いみたいに。

「…お前は若ぇから、心配なんだよ」

何て台詞なんだろう、都合の良い解釈をしてしまいそうになる。まるで遠藤さんが私のことをちゃんと好きだと思ってるみたいだと感じてしまう。自惚れる。

「こ、子供扱いしないでくださいよ…私、会えなくたってちゃんと我慢できるし、遠藤さんの邪魔しません…他のひとと遊んだりしないし、ずっと遠藤さんのこと大好きなんです、愛想尽かしたりするはずないです…」

「…馬鹿、だから心配してんだ」


くしゃりと髪の毛を撫でられて、腰に回る腕はまた強く。少し苦しいけど心地よくて満たされたような気持ちになる。煙草のにおいに、着古したコートのにおいにくらくらしてしまう。


「こんなオッサンに引っ掛かってよ…本当馬鹿だろ」

自虐的とも取れるその言葉を受け止めて、私は顔を上げ出来るかぎりの背伸びをした。

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