dream

□有難うの罰に
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ぶ厚い資料のファイルとにらめっこして時折溜息を吐いたり、書類にものすごい勢いで書き込んでみたりと今日も一条は忙しそうだ。休みの日でも仕事場には必ず顔を出しに来るし、ほとんど休んでないように見える。
私は資料整理の手を止めて、コーヒーでも淹れてやることにしてみた。一条はそろそろ休憩すべきだと思ったのと、私の作業に一区切りついたからというのもあるし。

「一条、少し休憩しない?」

テーブルにコーヒーカップを二つ並べて声をかけるが、返ってくるのはああそうだなとの生返事。私の言葉は耳に入ってはいるが脳みそまで届いてないんじゃないかと思ったのだけど一条は意外にもすぐにファイルを閉じてこちらを向いた。

「気が利くじゃないか」

素直にそう褒められて、こんなこともあるもんなのかと少し嬉しくなる。手早く準備して、ほかほかと湯気を立てるコーヒーを彼の元へ持っていくとこれまたちゃんとありがとうだなんて言うから目を丸くしてしまった。…だったらやめとけばよかったかもしれない、と、コーヒーを一口飲んだ一条を見て薄っぺらい反省をした。

「…おい、なんだこれは」

「コーヒー」

「砂糖、入れたな」

「スプーン五杯分ほど」

「…ほう」

「あー、疲れてるときは甘いものがいいんだってさ…ああもうそんなこわい顔しないで冗談よ冗談」

じっとりと睨んでくる一条のカップを奪ってもう一つのカップに半分うつして、ブラックの方を注ぎ足して糖度を薄める。背後から今日一番の溜息が聞こえてきて、心の中でごめんなさい。

「たまに良いと思うとすぐこれだ…本当に気が抜ける」

「いい意味で?」

もう一度、今度はちゃんとした甘さのコーヒーを持っていくと思い切り頬を抓られた。そのせいで体が揺れて熱々のコーヒーが手にかかったのに驚いたけどカップを離さないよう我慢。…結果、ぐぬうと女の子っぽくない低く唸るような声が出てしまって恥ずかしい。

「バーカ」

愉快そうに笑うのにむっとしたけど、頬を抓った手が離れる前にそろりと頬を撫でていったものだからどんな顔をしていいか分からなくなる。目を逸らして蛇口に向かい手を冷やすことで気持ちも落ち着けようと息を吐いた。

「…一条さあ、働きすぎじゃない?もう少し休んだら」

ちらりとデスクの上の書類やら何やらに目を向ける。明らかに店長としての仕事以上の量をこなしているのは分かっている。上司のコーヒーにお茶目ないたずらをしてしまうような部下だけど、もう少し頼ってくれたらいいのに。

「こんなところでぐずぐずしている暇は無いんでね、働きすぎだなんてこともない」

どこを見ているでもない彼の目にちらりと激しい焔のような野心の光を見た気がして、それ以上何か言うのをやめた。
猫舌の私がコーヒーを半分飲んだころにはもう一条は全部飲み終わっていて、また机に向かっている。…一応、目的地点につく前に働きすぎて死んじゃうんじゃないとか心配しているんだけどね。

黙ってコーヒーを飲み干して、机の端に置いてある一条のカップも片付けようと手を伸ばす。その時バタバタと足音が聞こえ振り返ると、勢い良くドアが開いた。

「店長!少しホールに来ていただけますか!」

「分かった、すぐ行く」

それを聞くと村上君はすぐさま部屋を後にして、遠ざかる足音。
一条はペンを置いて立ち上がり、カップを私に預ける。

「下らない悪戯に付き合わされた罰だ。机の上の書類のまとめと昨日の分の会計処理をしておけ」

去り際、ぽんと頭に手を乗せられて頼んだぞだなんて言われたら助けられてるのはどっちなんだろうと一人になった部屋で考えてしまう。

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