dream
□愚直にお誘い
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「ねえ、せっくすしよう」
分厚いマニュアルみたいな資料を読み込んでいる一条にソファの後ろから抱きついて顔を彼の肩口に埋めた。乾かしたばかりの髪の毛から高いシャンプーの匂いがまだ強くてくらくらする。
「…忙しい、また今度な」
視線も声色も全く変えずにぱらりと資料の頁を捲って構って欲しくてたまらない私を放置。私がこんな台詞言うなんてすっごく珍しいことだって一条も知ってるはずなのに、つれないひと。まあ仕事熱心で野心持ってて半端は許さないような彼だから、それでもいいとも言えるんだけど。
…それに今は相手してくれないだろうなと思ったから言ってみたのだし。そうでないと勇気出したって言える様な言葉じゃない。
でもせっかくだから勝手に一条を感じさせて欲しい。大きく息を吸うと一条のにおいでいっぱいになって幸せ、腕の力を強くして体くっつけると体温を感じられて嬉しい。胸が苦しくなるくらいに好き。
「はあ、堪能した…じゃあね、おやすみ」
嫌がられないくらいに軽く頬にキスして、頑張ってねと労いの言葉も掛けてから腕を離した。いい気分で寝られそうだな、なんて少し口元が緩んでしまう。寝室に向かおうと屈めてた体を起こそうとしたその矢先、ぐいと根元から髪の毛を鷲掴みにされた。
「いっ、んっ…!」
すっかり油断していた私が素早くこちらを向いた一条に対応できず一瞬固まってしまったのがいけなかった。その隙に髪の毛を引っ張られながら乱暴に口付けされ、反対の手で後頭部をがっちり固定されてしまい動けない状態。強引に身を引こうとすると髪の毛が痛いし、非難するように唇を噛まれる。苦しくなって少しでも唇を開けばするりと忍び込んでくる舌が、擦りあわせるみたいに私の舌に絡まってきてぞくりとする。飲み下せない唾液が重ねた唇の間から垂れてだらしなく、野生的で熱っぽい。
「んっ、く…ふ…」
ちゅ、とわざと情欲を煽るように音を出して角度を変える。熱い舌が私の口中を蹂躙して理性を溶かしてく。いつの間にか髪の毛を掴んでいた彼の手は緩まって、今では梳くような優しい手つきになっていたのに、その頃には逃げるだなんて思うことも忘れてキスに没頭していた。
「は…何だよ馬鹿みたいに蕩けた顔しやがって」
唇を離して、彼は私の目を覗き込んだままそう言って口の端を上げた。きっとその通りで、私はとても腑抜けた顔をしているに違いない。一条だけが見えて、一条だけのことを考えられる幸せにやられているのだから当然。
「もっと俺を堪能させてやろうか…?」
そんな殺し文句にさすがに恥ずかしくなって目を逸らすとこつんとおでこをくっつけられた。こっちを見ていろと言うことらしい。
「仕事…は…?」
「本当はとっくに終わってる」
「で、でも…」
言い淀む私に、今度は軽く触れるだけのキスをしてから耳元にゆっくりと湿った唇を近づける。
「お前から誘ってきたんだ、逃がすわけないだろう?」