dream2

□ネイビーブルーに落ちる
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目を開けたはずなのに真っ暗で、頭も上手く働かずぼんやりする。何も覚えてなくて一瞬自分の名前すら出てこなくて本気で焦ってきてばたばたもがく様に体を起こした。

「こ、ここはどこですか?!ま、真っ暗で…っ!」

すると急に気分が悪くなって急いで口元に手を当てる。込み上げてきた酸味を抑えゆっくり深呼吸。一体何だって言うんだ…戸惑っているといきなり視界が明るくなった。光源へ首を回すとまた吐きそうになってしまう。

「…うるせぇな、起きたのか」

ええと。私はベッドに寝ていたようです。見知らぬ部屋です。内装の様子がどうやらホテルです。隣には何故か人がいます。それは同じ仕事場の一条さんです。一体どうして布団で寝ているんでしょうか。私と一条さんはそういう、仲では無かったはずなのですけど。ええと。
疑問符を浮かべっぱなしの私を見かねたのか、一条さんが面倒くさそうな視線をこっちに送りながら口を開いた。

「お前が泥酔したのを俺がわざわざ運んでやったんだよ。ありがたく思え」

「泥酔…運んで…ホテルに?なんでです?」

「…覚えてないのか」

頭をくしゃくしゃ掻きながらだるそうに溜息を吐かれた。自分でも思い出そうとしているのだけれど断片的にしか思い出せない。確か上司に接待してて、一条さんもいて…。

「飲まされて酔ったんだよ、お前。放っといてもよかったんだけどな。明日も仕事だろ、いないといないで面倒だからな。終電もねえしお前の家も知らねえから仕方なく連れてきてやったんだ…感謝しろ」

「あ…そう、なんですか…」

そうだったような気がする…というか彼が言うのだからそうなのだろう。何となく思い出してきた。上司の飲めという命令に従って慣れないお酒をたくさん飲んで、段々意識が混濁してきて、それでも解放してくれそうになかった上司から私を抱えて連れ出したのは…。
一条さんはふぅと長く息を吐いて再び寝転がった。ちらりと見た時計は午前3時。すっかり迷惑かけてしまったな。

「あの…ありがとうございます」

返事は無く、フンと鼻を鳴らされただけだった。それでも、いつもは意地悪で口が悪くて冷たいと思っていた一条さんが今日はとても良い人に見える。ぶっきらぼうだけど優しいところあるんだ。私は気分の悪さとは裏腹にやけにほっこりした気持ちでまた横になった。起きたらまた一条さんに謝って、お礼言って、それから。


「…お前、疑問は無いのか?」

「え?」

薄明りの中ちらりと一条さんの方に視線を寄越す。
彼の綺麗な髪の毛が揺れる。こちらに向けられた疑わしげな煩わしそうな眼差しの中にほんの少しの欲情を見た気がした。深夜のホテルでその気があったからでは無いとはいえ男女が一緒に1つのベッドで寝ているなんてそういえば危険なことで。でも相手はあの一条さんだ。彼が私なんかに興味がある訳が無い。はず。

「お前の記憶が曖昧なのをいいことに俺は都合のいいことを言っているかもしれねぇだろ」

急に視界が翳った。つい今まで隣にいた一条さんが私の真上にいる、覆いかぶさるようにして。髪の毛が頬に当たってくすぐったい。都合のいいことって何だろう、さっきのが嘘だったってこと?それとも都合の悪いことを隠しているということだろうか。どちらにしてもこの状況は変わらないし逃げられないのだけれど。

「俺が嘘を言っているとは思わないのか?危機感ゼロか?」

「え、えぇと…」

一条さんは舌打ちをして私が何も言わないことに苛立ちを見せる様子だった。それなのに急にすっと頬を撫でられる。驚いて目を閉じた隙に一条さんは唇を私の鎖骨の辺りに寄せた。柔らかな感触が鎖骨に、首筋に。段々体重をかけてこられていよいよ身動きが取れない。それなのに怖いとか嫌だとかは思えずただただ心臓が早鐘の様に鳴っている。心のどこかでこのような状況を待ち望んでいたのではと思ってしまうほどに。

「無抵抗、か…このまま食われても文句言えないよな。ん?」

「あの…一条、さん…なんで…」

切れ長の目にじっと見つめられたままその次の言葉が出なくなる。沈黙の間にそっと手を握られ、指を絡められ。顔が近くて、もう吐息すら感じられるほどの距離。もう、なんだか、非現実的だ。ふわふわする。一条さんも酔いが回ったままなのだろうか。

「あの、あの…あのぉ…!」

頭が真っ白で何を言いたいのかも分からないくらいパニックになってしまった私にくっくと笑い声が降ってきた。一条さんが可笑しそうに口角を上げて笑んでいる。そして体勢を崩して私の隣に横になり、そのままぐいと抱き締めた。

「あんまり無防備にしてんなよ」

「…えっ?」

乱暴に後頭部を掻き撫ぜる手とは裏腹に腰に回る腕は優しく、そして力強い。こんな恋人みたいな…!一条さんがどういう意図でこんなことしてるのか全然分からないけれど、優しくされて悪い気なんか全くしない。甘えさせてくれると言うのなら大人しくされるがままにしておくほうが得なんでしょうか?

「お前、介抱したのが俺で良かったな」

「あの、はい…」

多分、そうなんでしょう。だって他の人だったら私きっと安心して眠ることなんてできなかったと思うから。だから素直にはいと言ったその気持ちに全く嘘は無かった。

「…本当にそう思ってんのか?」

「え?はい。だって…」

「馬鹿だろお前」

多分とぼけた顔をして開いたままだった口を塞がれた。温かくて柔らかな感触がしっとりと私の唇に押し付けられ次に言おうと思って準備していた言葉は吐息になって零れていく。抱き締められる以上の事をされるなんて正直思ってなくて、ドキドキうるさいくらいだった心臓が、今度は止まったかと。

「…もういい、早く寝ろ」

「は、早く寝ろっていったって…!」

こんな気持ちのまま眠ることなんて出来そうにないのですけれど…!すっかり目の冴えてしまった私を包み込み、一条さんは灯りを消した。朝が来るまでの約2時間がこんなにも甘く苦しくなるなんて。
彼が目を覚まして朝日の中で視線を合わせたその時、私はまず何を言えばいいのだろうときっと何十回も何百回も思案する。

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