dream2

□遠い雨音
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「何、読んでるの」

「…んー?」

活字の列から目を逸らさずに空返事をした後で何を言われたか考える。一拍間を置いて本だよと答えると知ってると返された。そういえばしげる君はいつうちに来たのだろう。集中し過ぎていたためか、彼がいつの間にかうちに入ってくることに慣れ過ぎたためなのか全く気付かなかった。

「面白い?」

「…んー」

物語の佳境に入ったこの場面、頁を捲る指をなかなか止められない。彼と言葉を交わすことすら億劫になるほど没頭してしまっていた。
しげる君はしばらく私の隣でじっと本の中身を見ているようだったけれど、しばらくすると退屈を無反応な私で紛らわすことに決めたらしく急に髪の毛に触れてくる。最初は梳くように指を絡ませくすぐったいような気持ちいいような感じだったのに、いきなりぐいと引っ張ってきたりぐしゃぐしゃ乱してきたりちょっと痛い。あともう1枚捲ったら、あともうひと段落読んだらしおりを挟もうと思っている間にエスカレートしていく悪戯。
今度はもっと直接的な手に出たしげる君は本を持つ私の腕の中に無理やり入ってきて抱き付いてくる。なんだかもう、ここまでされると私は意地でも読み終わるまで構わないぞと思っちゃうししげる君は多分構わせようとしてくるし。どっちが先に折れるかな。しげる君が邪魔で見えなくなるから腕を上げながら少し笑ってしまった。

「…笑うとこじゃないだろ、内容的に」

「ん、まあ」

私がどうして笑っていたか気付いた様子のしげる君も不敵に笑みながら私の首の辺りに腕を回す。しげる君の髪の毛が頬に当たってむずむずした。それだけでは飽き足らず、彼はいきなり私の耳朶に噛みついてきた。これにはたまらず小さくうっと声を漏らしてしまう。

「感じた?」

無視、無視…なんてむきになってる現時点ではもう集中力は欠けてる。調子付いたしげる君は耳に息を吹き込んだり耳の輪郭を舌でなぞったりとやりたい放題だ。これは黙ってる方が負けなのかもしれない。どうせもう本の内容は頭に入ってきて無いのだ、早めに白旗上げて負けましたよーって言っとかないとどこまでエスカレートするか知れない。

「…ハイ、そこまで」

片手で器用にしおりを挟みこんで本を閉じてしげる君の背中をぽんと叩く…あ、雨の音がする。いつから降っていたんだろうか。さっきまでは本の、その後はしげる君のせい全然意識が回っていなかった。明日には止むといいけれど。

「嫌だね」

「へ?」

ぐらりと視界が傾く。向こうから体重をかけられ背中から倒れてしまったのだ。楽しげに口角を上げながら私を見下ろすしげる君は実際の年齢よりもっと上に見える。彼の方が年下とはいえ体格的にも体勢的にも不利なものだから逃げられそうにない。まいったなと逡巡し、わざとらしく瞬きを数回。駄目で元々、どいてくれるかな?と頼むともう一度はっきりと嫌だと断られた。

「俺の勝ちだから」

「ちょ、やめっ…」

しげる君の手が無慈悲にも私のわき腹の辺りに伸ばされ、そのままそこを思い切りくすぐられる。私の口からは反射的に悲鳴に似た笑い声が飛出し陸に上げられた魚のようにびくびく身じろぎを繰り返した。無意識にごめんなさいを何度も何度も言ってしげる君の手を掴むも力が入らずすぐ払われる。涙目で見上げた彼に顔は満足そうな表情を浮かべていた。
と、そんなことを3分くらいやっていると隣の部屋から壁を叩かれ「うるさい!」と一喝されてしまった。あわてて両手で口を塞ごうとしたらしげる君はやっと攻めの手を止めてくれた。はぁ、と一息ついたその時急に彼の顔が近付いてきて柔らかく唇を奪われる。上唇を軽く吸われ、口内に舌を忍ばされ。微々たる抵抗をしようとしたらすぐさまわき腹をつつかれた。

「相変わらずだね」

「そりゃ…急に、わき腹強くなったりしません…!」

しげる君はまだ呼吸が荒いままの私の上からするり退いて傍らに置いた本をちらりと見る。しかしすぐに興味無さそうに視線を逸らし前もって私が敷いていた布団をぽんと叩いた。

「もう寝るの?」

「そのつもりだけれども」

「そう」

じゃあ今日は帰るよ、なんて彼は言わない。当然の様に布団の中に潜り込んで手招きする。だから私はちょっと肌寒かったしちょうどいいなと思うことにして黙って頷いた。

雨の音が少し大きくなる。一人なら憂鬱に感じそうだった夜も、気紛れな来客によってほんの少し温かなものになりそうだ。

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