dream2

□和也
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「でさ、あいつらみんな俺に一箱どうぞとか言って同じような菓子ばっかくれんだよ!鬱陶しいったらねーからさぁ…」


ああ、何で私はこいつの愚痴を聞いてやらなきゃいけなくなってるのだろう。相槌すら面倒ぐさがって、ましてや返事やアドバイスなんか考える気も無いこんな私にわざわざ話しかけに来るなんてこの人相当私の事気に入ってるんだろうなあと他人事のように思う。

「で、何で今日ってポッキーの日って言う訳?庶民の考える行事ってマジで分かんねえ」

朝からやたらともらう菓子の名前くらいは覚えたのねと心の中で返答。…って、ああ、さっきまで彼が言ってること全く頭に入ってきてなかったのに集中力が途切れてしまったのか文庫本の活字より彼の声に耳を傾け始めている自分に気付く。それでも読み進めようとする私の文字を追う目の動きが遅くなったことまで見ていたのか否か知らないがいきなりしつこく何でだ何でだと尋ねてきだしたのでいよいよぷっつりと集中の糸は切れてしまった。

「…1っていう数字がポッキーに似てて、今日はその1が4つも並んでる日だからよ」

仕方ないから教えてやったのだと分からせるみたいに大げさに溜息吐いて本を閉じた。だのに彼はふーんと興味無さそうな声を出すものだからカチンときてしまう。

「はあー…戦略ってやつかねえ…そんなのに乗せられてほいほい菓子買ってる奴らもどうかと思うけどな」

馬鹿にしたように笑う彼は私の方を見て同意を求めているようだったけど、お生憎様。

「どうしてそう思うの?」

「はぁ?だってポッキーの日とかはしゃいで大して買いたくも無い菓子買って喜んでるとか馬鹿みてえじゃん」

悪かったわね、その私もあなたが言うところの馬鹿というやつで。そう口に出しはしなかったけれど、今度は私が興味無さそうにふーんと言う番だった。そして本を仕舞った鞄をごそごそと探り目的の物を引っ張り出す。視界の端で彼が眉を顰めるのが見えた。

「…アンタ、こういうの好きなタイプ?」

「ええ、好きなタイプよ」

幻滅したらさっさとどっか行ってしまえ。私は構わずポッキーの箱を開け、袋を破いた。

「あなたは…いらないわよね、もちろん」

ふんと鼻を鳴らし、代わりにゆるく香るチョコの匂いを吸い込む。しかし一本摘まんで口に運ぼうとするといきなり手を掴まれ阻止された。

「何よ。大して食べたくも無い人は他に何か食べたいものでも買ってきたら?」


「いや、急に食べたくなったわ」

「はあ?」

意味が分からない。さっきまでポッキーをもらうの鬱陶しいとか企業の戦略にまんまと乗せられてる馬鹿な奴だとか散々な言い様だったのに今になっていきなり何を言い出すのやら。

「だから頂戴ね、っと」

ぐいと手を引かれポッキーは彼の口の中。がり、と噛んだ振動が伝わってきて何だか不快だ。取られてしまった感ひしひしとがするから。

「…だったら中途半端に残さないでくれる?」

むっとしてもう半分を彼の口に突っ込んでやると、何故か面白そうな顔をされる。それでいてサングラス越しの目は真っ直ぐ私を捉えているからぞわっと鳥肌が立つ。こんなことして報復とかされたら厄介だなと。

「じゃ、俺もお返ししなきゃな」

ほらきた面倒くさい。お返しなんかいらないのに、全力でお断りなのに、まず掻っ攫うようにポッキーを袋ごと全部奪われる。返してと言う暇も無く顎を掴まれ、私がやったのと同じようにポッキーを口にねじ込まれた。喉を突かれてえづきそうになってる間に彼の顔が近付いて来て反対側をぱくりと。

「っ…ぐっ…!」


彼の息がかかるほど近く、もうすぐ唇が触れ合
いそうなほど近く、ぎりぎりのところで手が出た。こんなこと私じゃなかったら出来ないかもしれない、あの兵藤和也をビンタだなんて。

「……あなたが悪いのよ?」

さすがにまずかったかしらと目を泳がせる。でもこれって正当防衛だ。かっと熱くなった頬が腹立たしい。


「分かんねーなぁ…ポッキーの日ってこういうことじゃねえのかよ…」

怒鳴られるか叱られるか、そんな風に思っていたのに勇気を出して視線を戻した私が見たのは拗ねたように首を捻る彼だった。バツが悪そうに目を瞬かせる私に気付いたのか、彼はくしゃくしゃと頭を掻いた。怒っているようには見えず、むしろ…。

「まあいいか。アンタからこれ貰えただけでいいことにしてやるよ」

「…あげるだなんて言ってないのに」

「あー?細かいこと気にすんなよ。じゃないと、」

意地悪そうに笑う、彼のこの表情は危ない。逆らうことを許さない圧力を感じる。


「わ、わかったわよ!あげるわよ!」

悔し紛れの私の声が場の空気を弛緩させた。彼は一転して機嫌がよさそうに私が『あげた』ポッキーを一本口にくわえて立ち上がる。もう遊びの時間は終わりらしい。私の時間をぶち壊しておいて、彼は何事も無かったかのように去っていくのだ。やっと解放されるのだと安心すると同時にものすごく悔しい。発散しようの無い苛つきを抱えながら再度読みかけの本を取り出す私を彼は唐突に振り返る。


「次はこっちじゃない方貰うからな」

「つ、次なんかない!」

照れ隠しなのか振り回されたことへの怒りなのか、もう一つ残ったポッキーを袋ごとへし折ったのはその後間もなく。

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