dream
□親愛から恋
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温い部屋でテレビに視線を向けつつソファーの上に体育座りしながら大好きなチョコチップアイスをちみちみと食べるのは堪らなく幸せだ。日中疲れた後だと尚更、こんな怠惰な時間は至福。
空になったアイスの容器を少し離れたゴミ箱に投げて、一発で綺麗に入ったことがまた嬉しい。よしっと独り言を言って体を寝かせようとしたところでキッチンからやってきた遠藤さんにごつんと頭を殴られた。
「痛いです遠藤さん!」
「お前な、我が家みてぇに寛いでんじゃねえ、さっさと帰れ!」
「…もうちょっとだけ、ね?」
甘えるようにそう言ってみるも遠藤さんには通じず、襟をぐいと引っ張られて無理やり立たされる。
「苦しっ…離してくださいー」
「だったらさっさと自分で歩いて出ていくんだな」
手加減無く引きずられそうになるから慌てて体勢を立て直して遠藤さんの手をぺしぺし叩く。力が緩くなったのに気付いたらすぐに一歩分距離を空けて首を擦ってうらみがましい視線を送り付ける。
「遠藤さんのけち」
視界の端の時計の針は9時半を指している。確かに思ったより時間が経ってるなと思ったしそろそろ帰らなきゃいけないのは確かなんだけれども。でももうちょっといたいし今日遠藤さん全く構ってくれなかったし。(晩ご飯と食後のアイス奢ってくれたけど)
「ケチなもんかよソファーもずっと占拠しやがって。十分居座らせてやったろ」
ほら帰れやれ帰れとソファーの横に放り投げてあった私の薄っぺらい鞄を押し付けるように持たせて背中をぐいぐい押してくる。参ったなどうやらほんとに帰って欲しいみたいだ。
「わ、分かった帰りますったら、だけど最後に一つだけ!」
勢いよく振り向いて遠藤を見上げると怪訝そうな顔をされたがとりあえず押すのはやめてくれた。個人的には一秒でも長く一緒にいられたらいいなと思ってるだけだから答えはどっちでもいい提案を投げ掛けようと。
「ちゅーしてくれたら大人しく帰ります!」
「…キスしたら帰るんだな?」
頷くより勿論と答えるより早く、遠藤さんは体を屈めて私の頬に手を添える。戸惑う暇も無く唇を重ねられ、気付いたらキスは終わっていた。ほんの一瞬。だけど五秒くらい頭が真っ白でぽかんとしていた。
てっきり下らないこと言ってんなとかガキが背伸びすんなとかそういうこと言われて頭叩かれると思ってたのに、遠藤さんの煙草のにおいが妙に近く残ってて、唇は熱いからほんとにキスしてくれたんだ、なにそれ、すごい。
「いい子だから帰ろうな?ん?…返事は」
嗜めるようにそう言われるの、いつもならむっとするのに今は何でだかくすぐったいような気持ち。
「…は、はい!帰ります!」
だけど急に恥ずかしくなって、私は今まで帰りたくないとごねていたのが嘘みたいにばたばたと玄関に走った。上手く靴が履けないから結局踵を踏ん付けたままで勢いよくドアを開ける。
「さよなら!」
どんな顔していいのか分からないから振り返れなくて、そのまま後ろ手に玄関を閉めた。秋の風が熱い頬を冷ますのに、心臓はドキドキと高鳴ったまま。
ドアに背中を預けたまま指先で唇に触れてみる。目を閉じて大きく息を吸って、吐いて。
私はこの時初めて恋するという気持ちに気付いた気がした。