ロストマインド

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今朝いびられたことで分かったこともあったにはあった。一つ目は、どうやら昨日私が眠ってしまった後一条さんがうちに来たらしいということ。家の場所まで知っていて、その上私の体調不良が気になっただけで来るということはやはりそれなりに濃い関係だった線が強くなる…が、さっきのでどれほど気持ちが離れたかは計り知れない。二つ目は、どういう訳か私の態度がかしこまりすぎていたのではないかということ。これについては接触が増えないと図りづらい。
…と、走り書きで気付いたことを数点まとめてから仕事に取り掛かる。今日はどうやら会計処理と点検等の書類を片付けることから始める予定らしい。念入りにノートの手順と見比べながらペンを走らせていると、何度もこうしたことをしていたようなそんな既視感が…そう、まるで無い。何一つ都合よくいかない。なかなか進まない作業に焦ってくるし、丁度溜息を吐いたところでまた一条さんがやってくるしで。

「まだ終わってないのか…?」

「ご、ごめんなさい、ちょっと手間取って…」

不審がられないようにノートを閉じ、必要以上に手を動かしている風にする。早く行ってくれないかしら、それともまだ腹の虫が収まらないから怒りに来たのだったら長いのだろうか…。

「…反抗してるつもりなのか分からないが、最近いつもそうだな。ノロノロ仕事して俺をイラつかせて楽しんでるのか?仕事に私情を持ち込むなよ。昔はそういう奴じゃ無かったのになぁ?何が」

何がそんなに不満だ、ああ、全部か?そう言う。その言葉を前も聞いたことがあったけど、今それを一条さんが本当に言ったのかは聞こえなかった。そんなに前のことじゃない、一条は自嘲気味な笑みを浮かべながらさんざ私に嫌味を言ってきた時だ。せっかく別れられたのにまた顔合わせなきゃいけなくなったのも、そもそも同じ会社になったことも全部不満なんだろと言われた。違うのに、そんなこと全く思って無いのに。一条が、

「おい!」

気付けば机に突っ伏していた私はがくがくと体を揺さぶられていた。頭が重たい、圧し掛かるような疲労感に襲われる。何か思い出した気がする。どうやらさっきの一条さんの言葉がトリガーだったようだ。

「何か眩暈が…ごめんね一条」

痛いほど肩を掴む手を除けて、深呼吸を数度繰り返す。大丈夫、ちゃんと落ち着いてくる。

「そんな体調悪いのに来られても困るんだがな…」

「来ても来なくても怒るくせに」

何て口の利き方を、と思ってしまう半面これがしっくりくる気もする。ならきっとこうだったのだろう、一条さんと接する私は。ぱちんと両手で頬を叩いて頷き、大丈夫よと繰り返した…が、どうにも重たい空気は拭えない。今日何度目とも知れぬ嫌な空気、また気分悪くなりそうな。しかしそこにいいタイミングで人が。


「店長、業者の方が…」

疑わしげな眼差しを向けてくる一条さんを引き離してくれたのは、雑務室に駆け込んできた村上さんだった。いつもそうなのかはたまた今日が特別そうなのか、この二人とばかり顔を合わせているような。ともかくこれが切り替えるためのいい転換になった。一条さんはすぐ行くと言い残し去って行き、入れ違いになるように村上さんと二人きり。

「■■さん、大丈夫です?」

「…え?」

さっきのことは知らないはずの村上さんから心配されて首を傾げる。村上さんは困ったように頭をぽりぽりと掻いて笑った。

「今日は店長、物凄く機嫌悪いみたいですから…また■■さんに当たってるんじゃないかと思って」

「ああ…そう、ね。大丈夫、慣れてるから」

多分、慣れているんだと思う。他人に言われるくらい、そういうことが頻繁にあったってことだろうし。ああでもこうして考えていくとますますよく分からない。最初は仲が良い上司かと思ってた一条さんはどうやら私のことが好きではないようだ。

「多分店長なりに■■さんのこと気にしてらっしゃるんだとは思うんですが…」

「…どうでしょうね」

不思議なフォローに苦笑で答えて、仕事をするからと態度で伝える。それを察してくれたのか、頑張りましょうねと村上さんもまた出て行った。忍ばせていたノートを引っ張り出して気持ち早く手を動かして目の前の書類を一つ一つ片付けることだけに集中する。
…酷い言い方だったけどさっき一条さんが言ってたことも尤もだ。確かに仕事に私情を持ち込んじゃ駄目だ、色々考えるのは今日が終わってからにしよう。私は今■■▲▲としてこの職場の一つの歯車になるだけでいい。
飽く迄前向きに。

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