霧野さんちのマサキくん!
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その少年は、案の定公園にいた。
昨日みたく滑り台の頂で膝を抱えてうずくまってはいなかったが、ブランコに座ってゆらゆら前と後ろに揺れていた。
ぎぃぃ…と錆びた鉄が悲鳴をあげる。
俺は足を忍ばせる事なくずかずかと少年の側へと歩いた。
俺の存在に気付いた少年は、少し驚いた表情をして、それから俺をキッと睨みつける。
「やあ、しょーねん」
「…ッ」
俺は、にこりと笑って少年の目の前に立つと、少年は目を細めて更に目つきが悪くなった。
「昨日ぶりー…って、覚えてるか?」
「……何で、また来たんですか…」
「何でって、…気になったから…かな」
「はぁ…?」
うわ、素で意味わからないって顔され、俺は軽く苦笑する。
六時過ぎ。
今日は、もうすぐ冬がくる秋にしては珍しくまだ明るいため、昨日見た時はうっすらとしか見えなかった顔も今ははっきりと見える。
ターコイズ色、と言うのだろうか。
暖色で染まった俺の髪とは正反対の寒色の髪に、猫のように鋭くつり上がり、俺の姿を捕らえる俺の青い瞳とは真逆の黄金色の瞳の少年。
俺は少年が座っていない方のブランコに腰をかけ、ゆらゆらと足を使って動かす。
「……女?」
「男」
「うっそ」
「嘘じゃないぞぉ少年」
口を開いたかと思えば俺が気にしていることを平然と言いやがった。自分では笑顔のつもりなのだが、多分他人からみるとひきつった笑いを浮かべているかもしれない。
俺がきぃ…きぃ…と揺らす速度を速めていると、少年も便乗して揺らし始めた。
その姿を横目に、ブランコで遊ぶなんていつ以来だろうか、と考えてると、
「…俺、少年って名前じゃないんですけど…」
「わかってるよそれくらい」
少年がぽつりと呟いた。いや、少年って名前をつける親とかいたら吃驚だわ。
ぎぃぃ…と悲鳴じみた変な音をたて、ぴたりと止まった少年を見る。何故だかわらないが少し複雑そうな顔をしていた。
「…狩屋、マサキです…。…俺の、名前…」
「かりやまさき…?」
こくこくと首を縦に小さくふって頷く狩屋と名乗る少年。
漢字は狩人の狩に屋根の屋。マサキはカタカナだと教えてくれた。
今時カタカナなんて珍しい。
「そうかそうか、狩屋。俺は霧野蘭丸だ。よろしくなー」
きりのさん? と俺と同じように聞いた狩屋に、同じように漢字を教えた。
変な名前ですね。そう言った狩屋の頭を
うっせぇアホ、と叩いたら眉を下げて笑い、痛いです馬鹿と呟いた。
Mなのかと思ったが、流石に違うだろう。流石に。
「じゃあ、そろそろ腹減ったし、俺は帰るぞ。狩屋、お前は?」
「…っあ―……もう少し、ここにいます」
「そうか? 気を付けて帰れよ、お母さんも心配してると思うぞ」
立ち上がってから、狩屋にそう告げた途端、狩屋の瞳が揺らいだ気がした。
下唇を血が出るのではないかと思う程噛みしめて、慌てたように俯く狩屋の体は、間違いなく震えていた。
「…かり、…っ「俺、両親いないんですよ」…ッ」
両親がいない。それはつまり孤児ということだろうか。
「いないっていうか…。正確に言うと捨てられたんです」
狩屋の父親が勤めていた会社は、悪徳業者に騙されて倒産せざるをえなくなってしまった。
一切収入がなくなってしまった両親は、当たり前だが狩屋を育てられるはずなく近くの施設に預けることにしたらしい。
俯いたまま、ぽつりぽつりと漏らす狩屋の言葉を、俺は再び座って聞いていた。
「…それを聞いて、もう誰も信じられなくて…。施設も嫌で…」
この公園は施設から結構離れてるんです。と、悲しそうに笑い
ながら狩屋は言った。
狩屋がブランコをこぎ始め、再び金属同士が擦れ合う嫌な音が辺りに響く。
昨日、何故狩屋が凄まじい勢いで逃げ出したのか。あれは、今思うと俺がその施設の大人だと勘違いしたからなのではないだろうか。
もしそれが当たっていたら、申し訳ないことをしたなと思った。
丁度良い具合に空いたお腹が、ご飯を求めて鳴り始めた。
それと同時に、俺はある決断をする。
「狩屋、お前今幾つなんだ?」
「…へ…。17…ですけど…」
「まじか、高校生か…。高校は? 行ってるのか?」
「…は、い。一応」
「そうかそうか。じゃあ――」
さぁあ…っと吹き抜ける風に抵抗する事なく髪を靡かせて、
「俺の家に、住むか?」
狩屋いわく、その時の俺の笑顔は別人だと思うほど綺麗だったらしい。