霧野さんちのマサキくん!

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やっと仕事が終わり、はぁと溜息を吐きながら夜道を歩く。

もうすぐ日付が変わるというのにも関わらず駅の近くだからか人で溢れかえっているこの街は、いつみても賑やかで俺は好きだ。


俺と同じように仕事帰りと思われる人は勿論、大量の荷物を持った女性もいる。

きっと買い物の帰りとかだろう。

流石に未成年の姿は見られないが、若い人も少なくはない。


今日は、気分でいつもの人通りのよい道ではなく、逆に人通りの悪い道を使って変えることにしてみた。

いや、そうした方が早く帰れると知ったからというちゃんとした理由もある。


昼間は小さな子供が楽しそうに遊んでいる公園の前を通り通り過ぎようとしたとき、ふと何かが目にとまった。

街灯によって淡く照らされた真っ赤な滑り台の頂でもそっと動く何か。


恐怖心を抱きつつも、はるかに上回る好奇心でその何かに近付く。

滑り台の近くから見上げてみると、薄暗くてよくは見えないが人であることは確かだ。
しかも体格的にまだ中学生くらいの少年だと思う。


青い髪に緑色のパーカーと言った何とも目に優しい色を纏った少年は、俺に気付く様子もなく膝を抱えて座っていた。


「おい、そこの少年
。泣いてんのか?」
「ッ!? え、っ…?」


びくぅっと体をびくつかせて驚愕の表情を浮かべた少年は、すぐさま滑り台から滑りおりてどこかへ走って行ってしまった。逃げ足の早い奴だ。

しかし、何故公園にいたのだろうか。親は気付いていないのか、または気付いていても気にしていないのか。

どちらにせよ、何か訳があるはずだと睨み、明日、仕事は休みだけれどまたこの公園を訪れてみることにした。


* * *

結局家に着いたのは零時過ぎだった。

俺が住んでいるのは、十二階建てマンションの一室で、特別広いという訳ではないが、一人で住むには勿体ないくらいはある。

とりあえず、帰ってきてすぐ寝てしまったらしく、起きたらソファの上だった。しかも着替えもせずに寝ていて、23にもなってだらしないことこの上ない。


夜、また公園に行くとして、それまでにやることといっても何も思いつかないため、久しぶりに神童に電話でもしてみるか、と携帯から神童のアドレスを引き出して通話開始ボタンを押し、携帯を耳にあてる。

何も考えずに電話してしまったのだが、仕事中だったらどうしようと今更焦った俺はあほだ。


五、六コール目でやっとがちゃり、と
音がして、久しく聞いていなかった声が携帯越しに聞こえてきた。


「もしもし、霧野? どうしたんだ急に、電話なんかよこして」
「いや、特に理由はないんだけどな。仕事休みだから相手頼むよ」
「お前なあ…。俺も休みだからよかったものを、もし仕事中だったら怒ってたぞ」


すまんすまん、と謝ると、悪いと思ってないだろ、とつっこまれた。まあ、実際思ってないんだけどな。


神童とは確か小学生に上がる前からの付き合いで、所謂幼なじみと言う奴だ。中学でも同じサッカー部に入り、共に戦ってきた仲間でもある。

それから十年近く経った今も、仕事は違えど会えば会話が絶えない程には仲がいい。


「仕事、捗ってるか?」
「ははっ、あったりまえだろ? 神童、そう言うお前はどうなんだ?」
「こっちも順調だ。この調子でもっと神童財閥の勢力が大きくなってくれるといいんだがな」
「お前がいる限り大丈夫だろうよ」


なんだそれ、とくすくす笑いながら言う神童。

神童が笑う度に胸が苦しいくらい締め付けられるような錯覚に陥る俺はよっぽどだろう。

多分、俺は昔からこいつが好きだったのだ。


まあ、伝えるつもりもないし、今更伝えた所で結果なんて
わかりきっている。


俺は臆病だから、今のこの曖昧な関係が崩れるのが怖い。

同性…しかも幼なじみとしか見ていなかった俺に突然告白なんてされたら、神童の事だ。気絶してしまうに決まっている。


(…何で俺は男なのか…)


どちらかが女だったらよかったのに、なんて、どうかしているのかもしれないな。なんて頭の隅で考えながら話していたら、とっくに夕飯の時間になっていた。

どんだけ話していたんだか…通話料金無料の設定しておいて良かった、とほっとする。


「じゃあ、夕飯の準備でもしようかな。相手してくれてありがとな、神童」
「ははっ、大丈夫だよ。……霧野…」
「んー? どうした?」
「…いや、何でもない。じゃあな」
「え? あ、あいつ、切りやがった」


ツー…ツー…と通話終了の音が鳴った。

俺は携帯を閉じてテーブルに置き、キッチンへと向かう。

(今日の夕飯は何にしよう。冷蔵庫に何があったっけ…)


そう言えば、あの公園にいた少年の事をすっかり忘れていた事に気付き、さてどうするかと悩んだ。

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