「……きなよ……きなってば……」

誰かの声が聞こえる。
俺のよく知っている声だ。
しかもつい最近聞いたような……
「起きないなら斬っちゃうよ」
斬る?
何を?誰を?
「斬られたいなんて変わってるなー。でも斬っていいなら斬ろっと」
てゆうか、斬るってもしかして俺の事か?!
「な、何しようとしてるんだよ、総司!」
「あ、起きちゃったの?でも僕は総司じゃないよ」
「あれ……総司?……あれ?」
目の前にあるのは扉。
そして聞きなれた声は間違えようのない総司の声だ。 なのに総司の姿は見えない。
「どこみてるわけ?」
声は真正面から聞こえてくる。
じーっと見つめていると
「はろー」
「うわああああああっ!!!!どどど、ドアノブっ?!」
「うわー……予想してたとはいえ、驚きすぎじゃない?」
「なんで総司がドアノブで、ドアノブの総司がしゃべってんだ?!」
パニック寸前の俺を見て、ドアノブなのに総司なドアは
「つまんないなー。さっき通った子の方がからかいがいがあったなー。 あの子、名前なっていったっけ……あ、そうだ千鶴ちゃんだ」
「……ち、づる?」
大好きな女の子の名前にピクリと思考が停止する。
「うん、そう、千鶴ちゃん」
千鶴もここを通った?
しかも総司にからかわれた?
「お、おい!それマジかよ?!」
「僕が嘘言うわけないでしょ。ついさっき、君がここで寝転がってる間に 通ったよ。なんかすごい急いでたからすぐに通してあげたんだけど、 ちょっともったいなかったかな、って」
「もったいないってなんだよ?!てゆうかこのドアはどこにつながってるんだ?!」
「あー、なんかもう色々とめんどくさくなってきたから、とりあえず君を入れる事にするよ」
「めんどくさいって……まあいいか。こっちとしては助かるしな。早くあけてくれないか?」
「あー、うん」
どうも歯切れが悪いドアノブ総司にどうしたんだよ、早くあけろよ、と噛み付くと
「僕、開かないんだよね」
「は?」
「だから、開かずの扉なんだ」
「なんだよそれ!早くしないと千鶴がいっちまうだろ?!」
「うーん、そうだ、そこらへんに転がってる瓶の中に入ってよ」
「瓶?」
押し問答していても仕方ないのでとりあえず手近にあった瓶によじ登って中に入り込む
「おい、瓶に入ったからってお前を通り抜けられるわけじゃ」
「雨よ、ふれー」
「は?」
ドアノブ総司が叫ぶと真上から大きな大きな雫のようなものが降ってくる。
雨というには大きすぎだ。
「お、おい、ちょっと待てって」
どんどんと床に落ちてゆく雨のような大きな雫。 それはすぐに床にたまってゆき俺の入った瓶が持ち上げられていく
「これ、苦しいからあんまりやりたくないんだけど仕方ないよね」
ドアノブ総司は鍵穴を大きく開けて俺を瓶ごと飲み込もうとする
「ま、待て総司、これは……あああああああっ」
「ほんとなら何か飲み物とか食べ物とか食べて小さくなるんだけど、 君はそのままでいけちゃったね。あはははっ」
「おまっ……こんな方法ならちゃんと先にいえーーーっ」
最後に嫌味を言うのを忘れないあたりが総司だ。 あれは間違いなく、総司だろう。
「にしてもまた奇妙なとこだな……千鶴、大丈夫かよ……」
随分と流されて漸くたどり着いた先は海辺のようなところだった。
「到着!……でも完全に千鶴を見失っちまったな……」
周囲を見回していると少し離れた場所に白い耳をつけた千鶴が視界に入った。
「千鶴?!」
岩場をぐるぐると回っている。
「何やってんだ?!」
慌てて千鶴の場所へと向かうが岩場は足元が悪くなかなか近づけない。
「どうだ、雪村くん、少しは乾いたか?」
「は、はいっ」
「そうか。ならばいけ!遅れてしまっては大変だ」
「はい、ありがとうございますっ」
ペコリと頭を下げるとウサミミも綺麗にさがる。
(……やべ、可愛い)
雨に濡れた髪やウサミミがやたらと可愛く、可憐に映る。
「ああ、気を付けていくんだぞ。何があってもその任務、やり遂げてくれ」
「はいっ」
「俺はもう少し身体をかわかしていく」
近くまで来て漸く気づいたが千鶴が話していた相手は山崎君だった。
任務がどうのとか身体をかわかすとかよくわからないがここまで来たら 俺の声も千鶴に届くだろう。
「千鶴っ」
「いけ、雪村くんっ」
「なっ……」
俺の声は山崎君にかき消され、千鶴へ届く事はなかった。
「はいっ!」
千鶴は脱兎のごとく駆け出してゆく。



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平助 in wonderlandより抜粋

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