羅針盤と銃一丁

□後編
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「この宿屋には、
…何かが、ある」




気配を手繰るかのように目を閉じた薬売りは、顔を背けてそのままに、つらりつらりと言葉を紡ぐ。



「身重の娘、そしてこの屋敷、
…何か、
思い当たることがありませんか」




ぞくり、

鳥肌がたつ。


あの紅い隈どりの施された目はこちらを見てはいないのに、
問われた女将は
己の表情をつぶさに観察されているような感覚に冷や汗をかいた。


しかし、彼女は頑として口を開かず、
短いため息を吐いた薬売りは己の後方へと視線を投げる。




「あのモノノ怪に殺された男…、
知って、いるのか」



その視線の先に捕らえられたのは、先程から黙り込んで俯いたままでいる志乃。
女将と同様に沈黙を貫こうとする彼女に、
彩売りはからからと場違いな笑いを零した。

沈静な空間には異様なそれに、
志乃はびくりと肩を震わす。
そんな様子にまた一つからりと笑うと、
彩売りは一方彼女へと足を向けた。




「守る、とは言いやした。
けんど、
その言葉に胡座をかかねぇで下せえよ?」




−気が変わるかも知れやせんし、ね?






うっそりと呟かれたその言葉は、
静かな空間に穏やかな波を落とす。
だが、
その内容は、
酷く緩やかなそれとは遠く離れていて、





「………っ、あの男…、

直助と、言います。…殺し屋です、」



可哀相な程に身を震わせた彼女に、
観念したように口を開かせるには十分であった。





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