羅針盤と銃一丁

□道化はがなる愚か者
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「ん?」


静寂を破ったのは、一人杯を傾け続けていた伊國だった。

ぴちゃん、と一滴落ちたきり、
酒器の酒は底をついてしまったようだ。




「おい、酒がないぞ」



眉根を寄せて不機嫌そうに主張する伊國に、関わりたくないと加世が顔を俯かせる。
さとも、冷汗を浮かべながら目を逸らしていた。

嫌な沈黙が満ちる。




「誰か、酒を持って来い!」




誰も返事を返さない事に苛立ったのか、
伊國は先程より大きな声をあげた。

その目は、獲物を狙い定めるかのように細められ、ゆっくりと部屋をなめていき、








「…さと」



標的とされたのはさとだった。
彼女は顔面を蒼白にさせ、
震える声で愛想笑いをつくる。



「…た…、ただ今…、
………加世!」

安堵のため息をついていた加世は、
ふいに名を呼ばれ奇声をあげた。


「早く、御酒だよ!
場所は分かってるだろ!!」



押し付けられた事を理解した加世は、
嫌々と首を振って襖にしがみつく。


「い、嫌です私!!
頼まれたのはさとさんなのに!
私ここから出たくありませんっ!!」

そんな加世にさとは一瞬唖然としたものの、すぐに青筋をたてて声を張る。

「なんて口の利き方を!!」




なおも二人は役をなすりあい、
次第にその声も大きく荒くなっていく。



その収拾のつかないやり取りに、
彩売りは呆れた視線を投げる。
そして、腰を上げ己の箱を拾うと、ゆるゆると足を進めた。




それを目で追っていた小田島は、彩売りの向かう先が障子である事に気づくと慌てて片膝をついた。


「何処へゆく!?」



その声に、彩売りは歩を止める事なく淡々と答える。



「…顔に弥平さんの血が着いちまいやしてね。洗ってきまさぁ。
ついでに、
酒も取ってきてやりやしょう。」



緩く口角をあげた彩売りに、
加世は口をあけたまま頬を染めた。




「俺も一緒に、行きましょう。
塩が、要るんでね。」




一連の流れを見つめていた薬売りが、
静かに名乗りをあげた。


彩売りは暫し眉を寄せて薬売りを見つめるも、その眼差しの強さに諦めたように視線を外した。

(面倒な事に、なりそうですねぃ…)







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