羅針盤と銃一丁

□ナニモノ
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ひしゃげた体、
捩れ、あらぬ方向を向く手足。
朱黒く染まったその顔は、
今だに何が起きたのかを理解していないような表情のまま生を終えていて。



「……これは下働きの…」


薬売りは、
相変わらずの無表情でそれを見下ろしていた。
しかし、その瞳は何処か痛みに似た感情をうつしている。


皆が肉塊へと目を向けるなか、
彩売りはただ一人その様子を見つめ瞬く。

何故薬売りの目にそんな色が浮かんでいるのか、全く理解できなかったのだ。


(……所詮、他人事、ですのにねぃ…)



しかし、


「弥平!?
何故…!!」

「ど…何処から…!?」



勝山と笹岡の悲鳴に、
思考の海へ沈みかけていた意識を呼び戻した。

頭の上では、羅針盤が
針が飛んでしまうのではと危惧する程にそれを回しつづけている。

その様子は、
近づく何かを危惧し焦っているようにも、
はたまた、その何かを探っているようにも思える。


そして、まるで時が止まったかのようにぴたりと静止し、とある方角をさした。





それは、
薬売りと彩売りの視線の向く方向で。


「「…来る!」」


二人は背中を合わせる形で一斉に構え、
外の気配に耳を澄ませる。

その一瞬、彩売りが
己の手を戒める縄の一番固く結われた部分へ一線入れたのに気づき、薬売りは眉を寄せた。








(彼は、“ナニモノ”なのかが
よくわからない。)




人間であるはずなのに
死体を前にしても眉一つ動かさず、
こんな場面に遭遇しても、
モノノ怪に対しての“恐怖”が微塵も感じられない。

それどころか、慣れてさえいそうな
余裕、余裕の立ち振る舞い。


何より、短い間ではあるが
自分が今まで彼を観察してきた限りでは、




花嫁の時しかり、

弥平の時しかり、


忠告こそするものの、
何処か最初から見捨てているような
諦めが伺える。

つまりは、“他人”に関してとことん無関心に見えたのだ。



そんな彼が自分に構う、
意図がわからない。




「……なんの、つもりで?」


「さあ?
なんでしょうねぃ」


きいてはみたものの、
彩売りはからからと笑うだけだった。


薬売りは舌打ちをすると、
珍しく苛立った様子で縄を引きちぎった。
それに続き、彩売りも縄を振りほどく。

二つの縄が宙を舞った。




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