羅針盤と銃一丁

□言ったのにね
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――からからからからからから…




屋敷に響いた叫びを聞くなり、
薬売りは素早く駆けて行った。

その後に続こうと駆けて行く加世の背中を眺めながら、彩売りは鳴り止まない羅針盤を軽く指で弾く。
わかってる、の意味を込めて軽く撫でれば、それは嘘のようにぴたりと動きを止めた。


「…まさか、
“似た"ようなのが居るとは、ね」



先程、己の羅針盤と同様に微かに聞こえた“知らせる鳴き声"。

それが示すのは、あの極彩の男もまた“祓う者"だという証。



――嗚呼、めんどくさい事になった。


重い足でゆっくりと追いかけて、
立ち止まっていた加世の影から顔を覗かせてみると、




「ぬおっ!
きっ…貴様は曲者か!?」


突然現れた薬売りに、
侍らしき男が声を荒げていた。


「おのれ、怪しい奴…
何処から入った!!?」

その問いに
薬売りがちらりと土間の方へ
視線を向ければ、
男もその先を追ってこちらを振り向く。

視線を受けたさとはうろたえると、
隣にいた加世を指差し、

「かっ…加世が勝手に…」

「ええっ!!?
私は…」



焦り、罪のなすり合いをし始めた二人を横目に見つつ、
彩売りは面倒事になるまえにと
一人逃げる事を試みる。


しかし、


「なんだ、お前は!!」

目敏く見つかり、
侍の男に衿を捕まれて玄関まで引きずりだされてしまった。

それならば致し方ない。
ふう、と観念したようにため息を吐くと、
彼は己の商売武器でもある極上のかんばせに今日一番な笑みを浮かべる。

今までもこれで乗り越えてきた山場が何度か。


…だが、


「なんだ、といわれやしても…、
手前はいろうり。
極彩色の“彩”を“売る”で
“彩売り”と申しやす。
白粉や紅を、おすすめに参りやして。」

「彩売り、だと!?
ええい、貴様も怪しい奴だ!」



今までの成功例は全てが女人相手。



馴れた口上をすらりと言えば、
侍の男は彩売りの笑みに一瞬頬を染め上げる。

しかし、
彼は根っからの真面目人なのだろう、
直ぐ様邪念を振り切るようかのように
声を張り上げられた。
彩売りはだいたい想定していた、と言わんだかりにくつりと笑うと、前を見るよう顎で促した。


「?」


視線の先には、
薬売りが行動を起こしていた。



「怪しいのは、その通り、」


先程の男の言葉に答えるように
呟きながら、
何処からか畳まれた紙を取り出す。



「…ですがね、」


それを、壁へ向かって放ると、


「このままじゃ、いけませんぜ。」


それは自ら、吸い付くようにして壁へと張り付いた。


「奥にも早く、
結界を張らないと、
危ない…ですよ…」


その様子を呆然と見ていた男は、
はっとしたように薬売りに問い返す。


「…結界!?」

「…い、いきなり何をッ
危ないとはどういう事だ!?」


状況についていけず唖然とした様子の加世は、さ迷わせていた視線の端に赤い水に沈む人影を捉えた。

そして、
見たことのあるその顔に思い当たると、ひゅ、と喉を鳴らし甲高い悲鳴をあげる。


「………っ、真央様!!!」


「何が結界だ、コイツ…!」


「やめんか小田島!
そんな事より早く医者を!!」

「は…はいっ!」


苛立った様子で薬売りに噛み付く男…小田島を宥めつつ、もうひとりの恰幅のいい男、勝山が下働きに声をかけた。


そこへ、



「息がねえんだろ?
医者より坊主じゃねえのか、
…なあ?」

杯を持ったままの男…伊國が、
酷く楽しげに花嫁を覗きこんだ。


「……よ……よし…ッくにいイイ!!
お前のせいだ!おまっお前のオッ!!」

「水江様!!」



取り乱し、伊國へと掴みかかろうとする水江を取り押さえようとさとが体を張るが、それを全く無視して伊國は薬売りへ視線をなげる。


「おい、薬売り、
お前…何を知ってる?」



“何を”


その言葉に、彩売りが微かに目を細めた。

薬売りも、言葉の裏に隠された“何"かに眉根を寄せるも、今は正直に首を振る。


「……まだ、何も…」



それを聞いた伊國は、一件大人しい返答の中に含まれた挑発に気付き口元を歪める。
そして、まるで新しい玩具を得た猫の様に酷く興奮した呼吸の高笑いを零した。


「“まだ”、か…、
……こりゃあいい。

…ふ、…フフッ
ヒャハハハハハハハハハハハ!!」


「おのれ伊國いいいぃぃぃ……ッ、
……まお、
真央おオオオオオオ!!!!」



薬売りの呟くような声と、
それを塗り潰すような笑い声。
怒りと狂気を孕んだ叫びが辺りへ響く。


彩売りは
静かに花嫁の元へ近付くと、
空虚を見つめていたその瞳を閉じさせた。
そして、立ち上がろうとして、
その足元に小さな貝が落ちていたのに気がつく。



「…絶対に、手放さねいでと
申しやしたのに…」




花嫁から流れた鮮血は貝の周りだけ不自然に避けられており、何故か綺麗であった。

それへ足を近づけ、



貝を、



踏み潰す。




未だ溢れていた鮮血は、塞きをきったように貝を飲み込んでいった。



その様子を、
興味深げに薬売りが見ていた事に、
彼は気づいているのかいないのか…。




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