羅針盤と銃一丁

□赤が呑み込んだ本能
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――こつん、




「ぇ、」



「……どうしたの、真央?」



今、懐が微かに動いた気がして。


そう言いかけて、花嫁はやはり口をつぐんだ。

気のせいだろうし、なにより母にこれ以上心労をかけるわけにはいかない。

そっと確かめる様にそこへ手をやれば、
白い着物の内に小さく硬い感触が。


――そういえば、ここは…、


「真央?」





怪訝そうな母の声に促され、はっとして彼女は顔をあげる。
目の前には生まれてこの歳までずっと慣れ親しんできた玄関に初めてみる華やかな高下駄。
一つだけ異分子な雰囲気のそれは自分をこの家から連れ出すためにある方舟で。


彼女は無意識に止めていた足を眺め、


少し、ためらって、



高下駄へ、足を滑らせた。




きゅ、と手のひらを握り締めて震えを誤魔化せば、そこには先程彩売りなる男から貰った紅の貝が収まっている。



嗚呼、出来るなら、

あんな人と“恋"がしてみたかった。




瞼の裏にちらつく叶えられない幻想からやつ当たる様に無意識に貝を指で弄んで、



「……………あっ………」




貝が、指の隙間から転がって落ちていってしまった。



拾おうと手を伸ばしかけて、しかしそれがふと現実に堕ちる自分と重なる。
綺麗なもの全てが己の指からすり抜けて行ってしまうなら、淡い思い出すら置いて忘れて仕舞おうか。

もう逢うこともないだろう極彩の男と重ねて貝を諦めて、真央は顔を上げて一歩踏み締めようとした、



その時、






――にゃああん、





「………今……、」





“絶対に、…手放さねいで下せえよ?”




「………の……、声……が………」






胸部に違和感。
それがなんなのか理解するより早く、
意識は現実から急速に遠退いていった。


耳鳴りが煩い鼓膜に、
彩売りの言葉がこだました。





玄関に散らばる赤と黒と白のコントラストに、その場の全員が目を疑う。
生々しい液体が滴るその場所が、皮肉にも彼女がその胸に貝を潜めていた場所だと知る者はこの場にはいない。







――退魔の剣が鳴く、
簪の羅針盤が、針を回した――







――ぎ、ぎゃあああああああっ!!!





悲しい悲鳴が、屋敷にこだます。







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