羅針盤と銃一丁

□鼠と油
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「ちょっと加世!
いつまで油仕舞ってれば気が済むんだい!」

いつもの小煩いお小言に、
加世と呼ばれた少女はうんざりとした様子で返事をかえす。
もう慣れてしまって、あしらい方すら覚えてしまった。。
雇い当初のちょっと怒られただけでしょげかえっていた乙女は何処かへ行ってしまったらしい。



「はあーーーいーー、
すぐやりまーす」


「ったく…、」


彼女もそれをわかっているのか、
ぐちぐちと小言をこぼしながら去っていく女性、さとも憎たらしい、とばかりに一瞥を寄越しただけだった。


べーっだ

とそれに対して何時もの憂さ晴らしをしていると、



かつん、

と背後に気配をかんじた。


なん足る失態!
お客がもし何時ものちょっといい男な酒屋のお兄さんだったら恥ずかしい、と彼女が慌てて振り返ると、


視線の先には、
色素の薄い栗鼠色の髪、紅い隈どりに派手な着物の怪しげな色香漂う美丈夫。
酒屋のお兄さんなんか目じゃない位の伊達男が立っていた。

尚更恥ずかしい、と加世は繕うように笑顔を浮かべた。


「あらやだ、届け物、何かあったっけ?」


すれば、男はふるりと頭を振った。
そんな仕草すら絵になってしまう。

「いえいえ、私は、薬売り」




「――あ、ああ、待って待って!
今日はそんなヒマないの!」


思わず見とれかけたが、
それではいけないと赤い顔を横にふり慌てて断る。

すると、薬売りは
鋭い犬歯をのぞかせて、



「…ご婚礼が、あるから、?」



妙に確信持った言い方で
言い当ててみせた。


「そうそう!
真央様が塩野様の所に興し入れなさるの。
まあ、私達みたいな下働きにはカンケーないんだけど、」


「なら余計好都合ってもんだ」

「え?」

きょとん、とする加世に、薬売りはにやりと笑うと顔を寄せた。



「花嫁さんに、ぴったりの薬…」




下世話な話を、少々。

ごにょごにょと大声では憚られる事を耳打ちすれば、途端に彼女は頬を染める。



「……い、いやっだあ、もーう!
でも見せてえっ!」

「はいはい」

「わーーっ!たくさんあるう!」


女心は秘密好き、
加世は目を輝かせて並べられていく薬を眺めた。


「真央様に売り付けるといいかも!
………お相手の塩野様はあ、
………、……………、…………」


薬売りに顔を寄せ、
更に下世話な話を耳打ち。
恥じらいは何処へ行った。



「…そりゃあ、お嫁さんが気の毒だ」

「でしょお、でも仕方ないのよ、
お家の借金を肩代わりしてくれるって。
ご主人の伊顕様は良い人だけど、
余り遣り繰りが上手じゃないのよねえ。
奥様の水江様に頭を押さえ付けられてるって話だし…。
伊國様は伊國様でああだからぁ、
御隠居様が弟の伊顕様を跡目に選ぶのもわかるけど…」


そこまでお家の事情を暴露すると、
加世は口に手をあてて
しまった、といった顔をした。
またやった、という表情な所を見ると、どうやら前にも経験があるのか。


「あ!?こんな話してたら、またさとさんに怒鳴られちゃう!」

そんな加世にくつりと笑うと、
薬売りは思案顔を作って納得したように呟いた。


「…成る程ね、
話の、お返しに、
…良いものをお見せしますよ」


「えー、何何!?楽しみーー!」



まんまと釣られてまたも目を輝かせた加世を横目に見つつ、
彼はにやりと勿体振りながら薬箱の引き出しに手をかけて、




―――ぶわっ、



…からん、…ころん、……





何かのまがまがしい気と、
染み出るように
しかし軽やかな高下駄の音を聞いた。





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