羅針盤と銃一丁
□廊下の花嫁
1ページ/1ページ
「…、!」
「あら、」
広い敷地に、
どれだけ町人から金を食ってきたのか、と皮肉を浮かべながら歩いていた時だった。
建物沿いの渡りの廊下で、真っ白な花嫁衣装の女性と鉢合わせた。
花柄の羽織りに、白いきものが映えて美しい。
ああ、彼女が興し入れする姫さんか、と思いつつ、彩売りは他人から綺麗だと称される笑顔を乗せて流麗に御辞儀をする。
「どなた、かしら?」
「はじめやして。
手前はいろうり、
極彩色の“彩”を“売る”で
“彩売り”と申しやす。
白粉や紅を、おすすめに参りやした。
…本日は、ご婚礼で?」
「…ええ」
笑顔を浮かべた彩売りにほんのり頬を染めつつ、彼女は控え目に頷いた。
その瞬間、
――ぶわっ、
一瞬だけ、
辺りに肌を刺すような鋭い殺気が渦巻いてしかしすぐに拡散した。
だが彩売りはそれを表情にだすことなく、
「そいつぁめでてえや、」と一言かえすと懐から小さな貝の入れ物に詰められた紅をとりだす。
「そいじゃ、こいつぁ御祝いに。
ただで差し上げやしょう」
彩売りは微笑むと、その貝を
花嫁の手にそっと乗せた。
そして包み込むように両手で覆い、
ぎゅ、と一度握りしめる。
商い用の笑顔も忘れずに。
「ちょいとした時とかに、
あると便利ですからねぃ。
――絶対に、手放さねいで下せえよ?」
彼の極上の笑顔に押され、
花嫁は赤面した顔を隠すかの様に袖を高くあげしっかりと貝を懐へ入れる。
その時、
「真央ー、真央、何処にいるの?」
廊下の角から、己を呼ぶ母の声がした。
慌ててそちらの方へ顔を向け、
「今、行きます」と大きめの声で返事をかえす。
そして、
彩売りの男に御礼を言おうとして視線を前に戻して。
しかし、
そこにはもう彼の姿はなかった。
、