君が世

□Side:H.P
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嘘みたいな誕生日を迎えて、やっぱり都合のいい夢だったんだとおもったこれは、だけどまだ続いていた。
そして、
ハグリッドに連れられて入った漏れなべという店で初めて言われた
「お帰りなさい」の言葉。
意味はわからないし人は凄く多いしで
かなり戸惑ったけど、それは本当に嬉しいものだった。


…だけど、本当に人が多い。

少し疲れて助けを求めるようにハグリッドを見遣れば、彼は高い背を生かしてきょろきょろと店内を見回している。


「何か探してるの?」

「ん、ああ。
んにゃ、朝おめぇさんにも言ったろうが、今日は此処でもう一人の子とも待ち合わせをしとるんだ。
もう来とる頃なんだが……、あ、

おおーい、海鳴!こっちだこっちだ」


小さなキラキラの目が何かを見つけたように嬉しげに細まり、大きな手をぶんぶんと振り上げる。
つられてその方向へ顔を向ければ、そこに居たのは影に溶けるような真っ黒の服にそこだけ雪を積もらせたように真っ白い髪をした細い細い女の子。

夜みたいな黒くて深いその目を見たとき、僕はその子が迷子みたいだ、と思った。

だけど、

それがかちあった瞬間、
夜色は煮詰まって狂々と巡る闇のように隠していた牙をちらつかせる。



迷子みたいな瞳。

暗く膜を張ったような中身の見えないそれは、居場所を求める心を虚栄で塗り隠すかのように意地をはる。

色は違えど、僕とよく似た瞳。



そして彼女もまたこっちを じ、と見ていて、僕はまるで固くて噛めないパンを飲み込んだかのようにぐっと息が詰まるのを感じた。

もし、

今 彼女に認めてもらえなかったら、僕は殺されてしまうんじゃないか。


そんな気すらして、知らず知らず握り締めていた拳が白く色を失って汗をかく。
一瞬だったかもしれないそれは、だけど凄く長い永遠に感じて。


その時、


「ほれ、ハリー!
海鳴もお前さんと同じイッチ年生だ。
呆けとらんでちゃぁんと挨拶せえ」


金縛りのように地面に足が縫いついていた僕は、その声で宇宙みたいにぐるぐると巡っていた沈黙から一瞬にして引き戻された。
奮える喉が はっ、と一つ安堵の息を吐くと、床のみを映していた視界の端に尻尾みたいな白い影がゆらりとゆれる。



「失礼致しました、
お初にお目にかかりまする。
拙者、名を海鳴と申しまする。
どうぞよしなに」


流麗というよりは習慣的な動作で にこ、と笑って下げられたマシュマロみたいな白い頭に、慌てて僕も頭を下げる。
その動きは、まるでブリキの人形みたいに固かったかもしれない。

「あ、ぼ、僕はハリーポッター。
よろしくね、えと、海鳴?」


怖ず怖ずと手を差し出せば、彼女はそれを不思議そうに眺めるだけで手を出さない。
拒否されてるのか?と思って不安になれば、側でにこにこと見守っていたハグリッドが嗚呼、と声を上げて僕らの肩を抱いた。


「ハリー、海鳴の住んでたとこにゃ、握手の習慣はねえんだ。
気を悪くすんじゃねえぞ。

さ、そろそろ行こう。
買うものはごまんとある。急がにゃならん」


そう言って ぽんぽん、と僕らを急かすと、彼はパブを通り抜けて煉瓦の壁に囲まれた小さな中庭に出た。
そこはごみ箱と雑草が二、三本生えているだけのなんとも質素な空間だ。

ちら、と横を見れば、海鳴もまた不思議そうな顔をしてきょろきょろと周りを見渡している。



「…三つ上がって…、横に二つ…、
よし、お前さん達、下がってろよ」


向かい合った先の壁で何やら煉瓦を数えていたハグリッドが、傘の先で壁を三度たたく。
すると、
叩いた煉瓦がぶるぶると小まめに震えだし、次にくねくねと上下左右に揺れだした。
そして真ん中に小さな穴が現れたかと思うと、それはどんどんと広がり
次の瞬間には目の前にハグリッドも通れる程の大きなアーチが出来ていた。

その向こうには石畳の通りがどこまでも伸びていて、先が見えない程に沢山の人達がせかせかと目的へ向かって歩いている。




「ダイアゴン横丁にようこそ」




にこ、と笑うハグリッドに肩を抱かれ、僕はその光景に暫し見入っていた。

背中に響く煉瓦の組み合わさる音に、なにかが始まるような合図を聞いた。






(通っている間にあの壁が戻ったら生き埋めに御座りまするねぇ)

(怖いこと言わないでよ!)





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