君が世

□英雄少年と忍者少女
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「ダイアゴン横丁」

「大納言横丁」

「…ダイアゴン横丁」

「…大納言横丁」

「ダイ“ア”ゴン横丁」

「大“納”言横丁」

「ア」

「あ」

「よし、ダイアゴン横丁」

「大納言横丁」





「………………」


ばしん!と いい音をたてて、
いつも以上に眉間のシワの深いセブルス殿に頭を叩かれた。





拙者がこちらの世界へ来てから早一週間。

色々な教員方から知識を授かりつつも大分慣れてきた生活に心も追い付いてきたある日の事。
拙者はあの日以来一度も訪れる事のなかった老師の部屋へと呼び出された。



「老師」



威厳溢れる扉の前で中にいるはずの彼へと呼びかければ、すぐに優しい声音が入っておいでと促す。
少しの緊張と共に一礼してそこへと踏み込めば、老師は最初に会った時と同じ溶け込むよえな存在感でそこに立っていた。


「おはよう、海鳴。
調子はどうかね?」

「お早う御座いまする。
好調に御座りまするよ」

「そうか、それは何よりじゃな。して、」


にっこりと笑った老師は、箸をひとふりすると一枚の紙を拙者の手元へと飛ばした。
ふわりと舞ったそれを慌てて両手で受け止めれば、重量を感じない黄ばんだ紙には
何やら品物の名のようなものがつらつらと長い列を作って綴られていた。


「これは?お使いの用に御座りますか?」


不思議に思いながらそれを眺めていれば、
老師は首を横にふってにっこりと笑いを向ける。

「それは、全てホグワーツの学術品じゃよ。あと一ヶ月もすれば学校が始まる。
早いうちに買い揃えておくが良いじゃろ。
じゃから、今日その紙にかいてあるものを全部ダイアゴン横丁で揃えておいで」

彼はそういうと、一番近い窓から館の外の景色に目を移した。
拙者もつられてそちらを見れば、深い色の樹木の縁に切り取られているのは
大柄な心優しい森番の住む小さな小屋と、それに迫るように茂る大きな大きな黒い森だった。

小屋からは普段絶えず立ち上る真っ白で細い煙は出ておらず、今は男の不在を伺えた。



「丁度今日、ハグリッドが一人男の子を連れてダイアゴン横丁に行くのでな、
海鳴も一緒に行っておいで。
待ち合わせは“漏れなべ”というパブが良い。そこまでセブルスに送って貰って、店でおちあえば良いじゃろ。」


老師はそういって一人頷くと、机の上から無造作に じゃらり、と固い音を立てる袋を取り出した。
ごつごつと丸い影を作るそれは受け取るとひやりと冷たく、手に迫る重さに己は少し覚えがあった。


「老師、これは…、」

「そのお金があれば、必要一式を揃えられるじゃろ。少し多めに入っているから、好きなペットを一匹買えば良い。」


お土産話を期待しておるよ。

そういってにっこりと微笑む老師を見遣り、しかし手の内の金属の冷たさに申し訳なさがまた募った。

すると、彼はそれを察したのかくしゃりと拙者の頭に手を置き、ぽんぽん、と跳ねた毛先を楽しげに撫で付けた。


「老いぼれはの、孫の為に使うお小遣が一番嬉しいんじゃよ」


さぁ、と体を扉へと促される。
その何気なさと慈しみに背中を押されて、拙者は肩越しに彼を振り返るとにっ、と笑いかけて頷いた。



「行って参りまする」

「ああ、楽しんでおいで」




そうして次の目的地へと送って貰う為にセブルス殿の所へ来たのだが、先程から何回暖炉の移動法を練習しても彼はお気に召さないらしい。

全力で馬鹿者、と語っている殺人的な視線をいなし、拙者は逆に恨めしげな視線を送りつけて無言で彼を見上げた。



「………………」

「………………」


「………………、はぁ…、もういい。
煙突飛行薬はやめだ。姿現しで行く。」



暫く睨み合った末、
先に折れたらしい彼がふ、と視線を逸らして重々しいため息と供に眉間を抑えた。


よし、勝った、などといらぬ満足感に浸っていれば、ぐいっとまた後ろ髪を掴まれた。


「ホグワーツ内では姿現しはできん。
門の外へ行きますぞ」

「いたたたた!ちょ、大人気ないですぞセブルス殿!
抜ける!今度こそ抜けまする!」




**********




ばし!と空気と空気の間に割って入るような破裂音がして、それが白黒にゆがむ世界の中でやけにはっきり響く。
ぐわんぐわんとする頭を起こして前を見ようとすれば、それより早く己を小脇に抱えていた腕を放された。

普段ならばそれに対してすぐさま受け身をとることが出来るのだが、如何せん今は脳がごちゃまぜに乱され平行もとれぬ状態。
追い撃ちをかけるように べしゃ!と顔から床へ着地したのは、もうこの際 良い気付けだったと受け止めておこう。



「此処が漏れなべだ。帰りは森番と帰ってくればよかろう。
…では、我輩も暇ではないのでな、これで失礼する」


未だ歪む視界の端にちかちかと嫌味ったらしい黒が映り込み、拙者は恨めしげにそれを睨んだ。

しかし男はその視線を軽くいなすと ふん、と鼻で笑い、その場で一回転して瞬きの内に消え去った。
追うように ばしん!という音が響く瞬間、




「せいぜい楽しんできたまえ」





そう聞こえたのは きっと気のせいだという事にしておこう。




「………、はぁ…」


やっと気持ちの悪い酔いが治まってくると、ぱんぱん、と床に転がった体を叩いて立ち上がる。
この店は床まで綺麗に磨かれているため汚れてはいないが、客が皆 土足の為一応の事だ。
それに、今日は人と会う約束をしてあるのだ。みっともない姿では申し訳がない。


やっと満足して顔を上げれば、そこで初めて周りの雑音に気が回った。

何やら、店内が妙に騒がしい。


しかしそこには喧騒や罵倒の類いはなく、寧ろ感動や興奮による打たれるような感情が波の様に広がっている。
何事かと思い その人並みを見遣れば、彼等はまるで将軍を崇める兵士のように何者かを中心として集い奮えていた。


店の隅で涙を流す老婆を気にしつつも未だ沸くその中心へ歩み寄れば、己はそこで初めてそこに居るのが誰なのかを理解する。





「やれ嬉しや、ハリーポッター!!」





(お帰りなさい、と人達は泣いた)





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