君が世

□Side:D
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ノブナガ・オダ。

日本で天下統一を図り、その途中で臣下の裏切りにより炎の本能寺に散ったという悲劇の男。

己の手の中にあるジャパニーズヒストリーの本には、その生涯が巧みな描写により勇ましく荒々しくもはかなげに書き上げられている。

しかし、


「誰に御座りまするかこの男前な日本男児は!
信長公はただのへたれた泣き虫へっぴり腰爺に御座りますれば、このような男の中の男のような生き様など終えた筈が御座りませぬ!!
というか誰だこれはなんだこれはこんな人が主だったら良かったのに馬鹿!!」


本物の彼に仕えていたという少女からは、この本は大ブーイングとバッシングを受けた上クナイを何十本も叩き込まれていた。


少女の名は海鳴。

歴史では語られぬ裏の世界で暗躍した忍と呼ばれる人種であるそうだ。


現れたのはほんの数日前。
突如ホグワーツ内に息づいたその存在は、
すぐにわしの元へとやってきた。
セブルスにつまみ上げられ ゆらゆらと揺れる細い体は煤で黒く汚れており、確かに一見しただけでは不審者と思われても仕方なかろう身なりであった。


しかし。


顔を上げた彼女の目を見た瞬間、わしは言いようのないような凄まじい戦慄に襲われた。

あれがなければ、きっと後に戦国の世から来たと言われても信じられはしなかっただろう。



彼女の目に映るのは戦場。
その幼い顔の中に、確かに一戦士としての勇ましさと美しさを秘めてただ静かに凪いでいたのだ。



彼女は大丈夫だ、
そんな根拠のない自信さえも湧いてしまい、わしはらしくない、とその思いを笑顔の裏へと閉じ込めた。




それから数日。

ホグワーツへの入学が決まった彼女は、
大分こちらの生活のイロハが掴めてきたようだ。
しかし、未だに珍しいものが多いのか、手当たり次第に質問をしてはそれに対しての知識をどんどん吸収している。
若い彼女にとって、こちらは好奇心が尽きない場所のようだ。


今も、わしが歩いている渡り廊下から覗く庭の湖の前で、大王イカを釣り上げようと奮闘する彼女の後ろ姿が見える。
そこにゆらゆらと揺れる一房の髪が気になるのか、彼女の後ろには更に野良猫が一匹それを狙ってうごうごと機会を伺っていた。


「ご機嫌よう、海鳴。
どうじゃね?釣れそうかな?」


涼しい日陰の廊下から外へと一歩踏み出して声をかければ、彼女はすぐにふりかえりその拍子に飛び掛かってきた猫に驚いた声を上げる。

それに笑いながら大丈夫かね?と手を差し出せば、彼女は頷いてしかし手をとらずに地面へと猫を抱えたまま胡座をかいた。
それに習い わしも地面に座り込めば、夏の茹だるような熱さの中に芝生と土の匂いが鼻をかすめていく。
今年の夏も随分と暑い。



「大王イカ殿はなかなかしぶとくて御座りまする。
夕食の席に並べるのは、まだまだ先の話しになりましょう」


なんと、
彼女はあれを食べるつもりだったらしい。

からりと笑った彼女につられて そうかそうかと頷けば、彼女は眩しそうに目を細める。

そこにあの時の勇ましさの影はなく、しかしその強さと美しさは一切その色を潜めてはいない。

それに満足したようにもう一度頷くと、わしは海鳴の頭を撫でてからゆっくりと立ち上がった。


彼女がわしらの中に何をもたらすのか、
それは、まだ役者の揃っていないこの舞台では秘密という事にしておこう。





(ところでの、可愛い孫へのお小遣はいくら位がいいかのセブルス?)

(…何故我輩にきくのですか)




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