君が世
□ダイアゴンと大納言て似てるよね
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困った。
非常に困った。
眉を下げて腕組みをすれば、更に多くの人達が己を中心に輪を描いていく。
そのどれもが拙者を逃がさぬようにと組まれた分厚い壁で、怪しい手が次々と手招きを繰り返していた。
本当に、何でこうなった。
なんだか泣きたくなって瞼をとじれば、思い起こされるのは今朝の出来事であった。
「行き先は、ダイアゴン横丁だ」
朝食の席で他の教員方にも己の身の上を話し、簡単な自己紹介を済ませた後の事。
老師から授かったお金を懐にしかと入れて待ち合わせの暖炉前へ行けば、セブルス殿は器にたっぷりと入った緑の粉を差し出しつつ唐突にそう言った。
「この粉を振り掛けつつ暖炉の中でそう言えば、目的の場所へ出る。」
「へえぇ…、
これも魔法に御座りまするか?」
感心したように粉を一掴みして眺めていれば、セブルス殿は焦れたように「早くしろ」と促した。
それにはいはいと答えつつも暖炉へ入り込むと、少し高鳴る心臓を抑えつつ粉を振り撒く。
息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、
さんはい、
「大納言横丁!」
呪文は完璧だった、
筈なのだが。
何故だか焦ってこちらへ手を伸ばすセブルス殿を横目に、拙者は足元に感じる違和感に目を向ける。
瞬間、
熱を一切感じぬ緑の炎があがり、
文字通り、己の体を飲み込んだ。
そして、気が付いたらこの有様。
本能寺以来
炎が軽いトラウマとなってしまっている拙者は、どうやらいきなり体に巻き付くそれを見た瞬間思い切り目を閉じてしまったらしい。
まあ、それで死んだんで当然っちゃ当然なんだが。
次に目を開けた時には、薄暗い店の様なものの灰だらけの暖炉の中にうずくまっていた。
用もないのに中にいては申し訳ないと思いそこをでれば、外に広がっていたのは入り組むような暗くじめっとした通路。
大納言横丁とはこちらの世界でもかなり有名な所だと老師は言っていたが、しかしまあなんと活気のない。
客を呼び込む気ないだろとしか思えないさびれたその店構えに暫し唖然としていると、不意に己の肩に触れる手があった。
何か、と思い振り向けば、
そこにいたのはよれよれの服を着た垢の臭いが鼻をつく老婆。
道を訪ねられたのなら答えられませぬな、などと思いながら用を聞こうとすると、その老婆の方が先に口を開いた。
灰色に濁った細い目が更に三日月に歪められたのが、妙に粘っこい印象に映る。
「迷子かね?
お嬢ちゃん、一緒に来るかい?」
「あ、否。人を待っております故、大丈夫に御座りまする」
なんと、拙者が迷子に見られていたらしい。
気を使われたのかと思い急いで首をふると、何故か肩に置かれた老婆の手に更に力が篭った。その枯れ枝の様な腕に反し、恐ろしい程に力が強い。
「いいからおいで。
待ち人をさがしてあげよう」
「え、否、ですから、」
「おや、お嬢ちゃん迷子かい?おじさんが一緒に探してやろうか?」
……拙者はそんなに迷い子に見えるのだろうか。
更に増えてきてしまった親切さん達に困惑していれば、いつの間にか己の周りは手を差し延べる人並みの壁に固められてしまっていた。
そして、冒頭へ戻る訳である。
「…まさかセブルス殿、本当に見捨てた訳ではありますまいな…」
有り得なくはない事実を口にすれば、
脳裏にちらつく真っ黒な後ろ姿。
何度断っても手を差し延べてくる老人達を受け流しながら、遅すぎる待ち人に渇いた笑いが零れた。
早く来ないか、と苛立ってきたところで、
飴あげるからおいで〜、と拙者を手招いていた老婆が焦れた様にいきなり
あの不思議な箸を構えきた。
「いいから、来るんだよ!」
唸るようなその声をかわぎりに、
人垣は一斉に箸をこちらへと向けてくる。
肌にぴりぴりとあたるのが殺気ではなく品定めをするような視線であるあたり、大方拙者をどこかへ売り飛ばすつもりなのか。
何処の時代にも同じようなのがいるものだ、とため息をつけば、人垣は諦めたと勘違いでもしたのか徐々に距離を詰めてきた。
それを吐き捨てるように一瞥すると、拙者は腰の武具入れへと手を伸ばす。
未知の力を持つ相手に戦おうとは思わず、逃げるだけの隙間を造れれば良い。
そう考えてクナイを構えようとした所で、
「我輩の連れに、何か用ですかな?」
首にしっかと回る腕の感触がした。
見上げれば、少し息を乱しつつも鋭い瞳で周囲を睨むセブルス殿。
その睨みに同調するように首が少しずつ絞まってきているのは、はたして拙者の気のせいであろうか。
一方、いきなり乱入してきた男に驚いた人垣は気圧されるままに彼が進むための道を作る。
そこを足早に切り抜けたセブルス殿だが、腕は未だに拙者の首を締め上げ続けていた。
「セブルス殿、絞まってる!絞まっておりまする!!」
「黙れ馬鹿者が」
慌てて抗議の声をあげるも、彼は苛立たしげに吐き捨てるだけで全く取り合ってくれない。
どうしたのか、と首を傾げて疑問を抱いた所で、急に視界に暖かな光が差した。
顔を上げれば、そこにホグワーツの教員方と似たような服装をした人並みが行き交う賑やかな場所。
「此処は?」
腕にぶら下がる状態で彼を見上げれば、
セブルス殿は不意に拙者を投げ捨てるようにして下へと降ろす。
「此処がダイアゴン横丁だ」
不機嫌そうに告げられた言葉に、
拙者は え? と聞き返した。
「先程の場所が大納言横丁では?」
すると、先を行くセブルス殿はぴたりと立ち止まってこちらを睨みつける。
「今何と言った?」
「え、大納言横丁…、」
その射抜くような視線に困惑しつつも答えると、彼はまた馬鹿者!といって思い切り頭を叩いてきた。
「痛ッ!何をなさりますか!」
「大納言ではなく、ダイアゴンだ!
そして、先程の場所はノクターン横丁。
子供が出入りするような所ではない」
次は助けんぞ、と怒りながらずんずんと拙者の前を歩きだしたセブルス殿に暫し唖然とし、しかしすぐに己の失態であった事を理解する。
「ま、待って下され、セブルス殿!」
跳ねるようにして起き上がり
慌てて彼の後を追おうとすれば、すぱーん!といい音をたててまた頭を叩かれた。
「何処へ行くつもりだ馬鹿者!
それではまたノクターン横丁へ逆戻りではないか!」
後ろを振り返れば、怒りを通り越して呆れた顔をするセブルス殿。
まさか方向音痴なのか?と若干憐れむようにして問われ、それにむっとして
始めて来た土地だから迷っただけだと言い返す。
すると、彼はため息をついた後 拙者の後ろに一房伸びた髪をぎゅ、と思い切り掴んできた。
「な、何のつもりに御座りまするか!」
「馬鹿な狐には手綱が必要な用なのでな」
嘲るような笑みと共に吐き出された言葉に、己の頬がひくりと痙攣するのを感じる。
つまりは迷子防止という事らしいが、
なんだかあんまりな気がする。
抗議しようと口を開けば、彼はそれより早く拙者の髪を引いて歩き出した。
「さあ、まずは服を買いに行きますぞ」
「ちょ、いたたたたた!
セブルス殿、髪抜ける!抜けまする!!」
結局、この攻防はホグワーツへと帰るまで延々続けられた。
(嫌な大人)
(馬鹿な小娘)