君が世

□所謂、プロローグ
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轟々と燃えたるはどす黒の赤。

この世の憎しみという憎しみを詰め込んだようなそれはまさしく、この謀反を企てた人間の恨みつらみを糧に燃え盛る焔であった。




「信長様、信長様っ!!」
「早くお助けせねば、」
「くそ、光秀め…!!」

「しかし、火の廻りが早過ぎて、
近づく事もできませぬ…っ!」




激しく燃え盛る寺に元の美しくも厳かであった面影はなく、今はただ炭へ朽ちるのを待つばかりだ。
そんな中、周囲に取り巻く熱気に肌を焼かれながらも、寺の外へ逃げ延びた兵士達はそこを動こうとはしなかった。

今まさに天へと煙をあげるその中には、
未だ己らの主人が存在しているのだ。



−−早くしなければ、


火花がぱちぱちと楽しげに跳ね、
それがより一層兵士らの焦りを煽った。


そこへ、






「うろたえるな!!
こんな事で兵を乱して何となる!
それでも貴様らは尾張が鬼神、織田信長の軍勢か!!!」











まさに、


一撃。



雷のようなその怒号は、
混乱に陥っていた兵士達を軽々と貫いた。



「信長様!!」



微かに冷静を取り戻した兵の一人、
この日が出ずる国では目にするのは余りに珍しい褐色の肌を持った男が、
怒号の主、燃え盛る寺の中に佇む大将へと弾かれた様に声を投げた。



「その声、弥助か…」




寺の中の男は、この状況下に置いても変わらずに凪いだ声音を紡いでいる。
弥助と呼ばれた彼は、その声を聞くやいなや燃え盛るそれを気にもせず主の元へと走り出した。
しかし、


「来るな、弥助!
このまま兵士達を率いて火の気の追いつかぬ所まで逃げよ!」



弥助の走り寄る気配を感じてか、主は厳しい声音で彼を咎める。


「…っ、しかし、」

「行け、弥助」

「信長様っ、」
  


      「行け!!」






轟くような唸り


それは、突き放す様でありながら、
しかし不器用に背中を押してくる。




弥助は食いちぎらんばかりに唇を噛み締めながら、主の言葉を心の内にかみ砕いた。

そして、ただの一度だけ目を閉じると、
後は振り返りもせずに兵士を促し駆けていく。




それを見送ったのは、
焔に巻かれた寺の堂に座した二人の存在、

心を決めた様にただひたすらに凪いだ面差しの一武将と、
その傍らに影のように寄り添う白髪に小柄の一人の忍だけであった。






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