鬼さんこちら、

□破壊の右手T
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   スカー
「“傷の男”?」


滲む苛立ちを押さえ込みながら聞けば、目の前の相手は軽く困惑した声で肯定した。


「ああ、
素性がわからんから俺達はそう呼んでる」



立ち込める血の匂い。
酔いそうなそれに眉をしかめながら聞き返せば、隣に立つ親友。かつ、セントラルに勤める彼…ヒューズは神妙そうな顔をして頷いた。
言葉を切らせたそれを引き継いだのは、ヒューズの後ろに居るもう一人の軍人、アームストロング少佐。


「素性どころか、
武器も目的も不明にして進出鬼没。
ただ、額に大きな傷があるらしいという事くらいしか情報が無いのです」

「今年に入ってから国家錬金術師ばかりセントラルで5人、国内だと10人はやられてるな」

「…ああ、東部にもその噂は流れてきている」



血生臭い話。
軍人という職にとっては致し方ないものではあるが、やはり気持ちの良いものではない。
ましてや、最近では軍隊格闘の達人とされる錬金術師までやられたらしい。
身内の事ともなれば尚更だ。



「信じられんかもしれんが、それ位やばい奴がこの街をうろついてるって事だ。
悪い事は言わん。護衛を増やしてしばらく大人しくしててくれ」



彼の心配はよく伝わってくる。
自分もその立場であったら、相手をどれ程按じるかは図り知れない。

互いにそれを理解している二人だからか、ヒューズもそれ以上は突っ込んでは来なかった。


「ま、ここらで有名処と言ったら、
タッカーとあとはお前さんだけだろ?」

彼の言葉に頷きかけて、しかし私は さっ、と血の気が引く音を聞く。

なんてことだ、なんて、タイミングだ。




「タッカーがあんなになった以上、おまえさんが気をつけてさえいれば…」

「まずいな…、」



つ、と背中に伝う汗が肌を粟立てる。
急に走り出した私に驚いたのか、背後でヒューズが騒いでいたが今はそれに構う時間がない。



「中尉!エルリック兄弟がまだ宿にいるか確認しろ!至急だ!それから、エリオットはまだ見つからんのか!?」


「エリオット!?
あいつ見つかったのか!?」


ヒューズが驚愕の表情を浮かべている。
それと同時に、私の声に反応したにしては早過ぎる速度で中尉が部屋へ転がり込んできた。きっと、呼び掛ける前からこの部屋へ向かっていたのだろう。

彼女には珍し過ぎる程の焦りを見せ、中尉は口早に用件をまくし立てた。

「大佐!エリオットの目撃証言がとれました!大型犬のような動物を連れた女性が広場を抜けて街外れの方へ走って行った、との事。女は紅くて短い髪に紅い目、
そして……、」



そこで、流れるように紡がれていた彼女の声が途切れる。
エリオットの情報が来たということに急いていた私は、半ば睨みつけるように中尉へ視線を向けた。


「どうした、中尉?」



続きを促そうとして、


そして、彼女の手が震えているのが視界に映る。






「……、彼女は、生きているのが不思議な位の出血をしていた、と」



絶句、

しかし、頭の何処かであれ程の怪我で出歩いたのだから当たり前か、と酷く冷静な自分が呟く。

言葉が出ない私を前に、中尉は一度深呼吸をしてから次の言葉を吐いた。


「エドワード君達の方は、私が司令部を出る時に会いました。そのまま大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています。」

「こんな時に…っ!」



溢れるのは苛立ち。
しかし、それは余りにも情けない己に対してのものだった。

「お、いロイ!一体どういう…、」
「車を出せ!手のあいてる者は全員大通り方面だ!!」



こちらの空気を感じたのか、ヒューズが焦った表情で言葉を投げてくる。
しかし今はそれに答える時間すらも惜しかった。

不安をぶつけるように噛み付いた爪は、私の弱音を全て飲み込む。
無事でいてくれ、それだけがただ脳内を回って平行感覚すら奪われそうだった。




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