鬼さんこちら、

□溶けた約束
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ぴしゃり、と己の髪から垂れた雫は、
酷く冷たい印象を受ける真っ白なシーツに染みをつけた。






「久々の再会が、これかい?」






なんて様だ、


は、は、と息切れる呼吸に混ざって、
嘲笑とも自嘲ともとれる笑いが零れる。



白い壁に白い床。

潔癖、という言葉がよく似合うその部屋に、あれ程再会を望んでいた彼女は横たわっていた。




先程医師から聞いた言葉。


頭部の激しい打撲、全身の打ち身と肋骨の骨折。

そして、小指の損失。


斬った訳ではなく、
「溶けた」がぴたりと当て嵌まる断面は、
あの悲惨な実験室の中で奪われたものであるのは明白で。





「何故、君はこんなにもボロボロになるんだい?」



心も体も、限界なんじゃないのかい?

吐き出したため息は呆れか自嘲か、


首を緩く振ると、私はまた彼女に視線を向けた。





「見ていて痛いじゃないか」



「…でも、
ニーナはもっと痛かったはずだ」




答えを求めていなかった呟き。

それに返ってきた言葉に、一瞬頭がフリーズする。



だって、
医師はあと三週間は目覚めないと、








「結局また会ってしまったね、ロイ」





言っていたではないか。





「…こんな再会は
望んでいなかったがね」


「まあ、私は再会自体望んじゃいなかったけどな」




軽い皮肉を投げつければ、更に辛辣な言葉が打ち返された。
まったく、彼女は変わらないようだ。

だが、

その表情は余りにも暗い。





「…ニーナは、どうした?」




恐る恐る、といった風に呟かれたそれ。
ああ、やはりきたか、

私は目をつむると、ふ、と息を吐いた。


「久々に上司に会ったのに、本当に君はつれないねぇ」


「…ごまかすな」


「まったく、愛想がないのは一つの個性だが、過ぎれば可愛いげがないというものだよ?」


「ロイ、」


「それに、」「ロイ・マスタング!」




焦れたように荒げられた声。
余程苛立っているのか、彼女は厳しい瞳でこちらを睨みつけた。



しかし、




「…聞きたい事があるのは、こちらも同じなんだがな。エリオット」




涼しい顔して受け流す私は、更に彼女の怒りを煽っただろう。
だが、続けて放った冷たい声音に彼女はぐっ、と黙り込む。

下唇を噛み締めるその姿に、
ずきん、と心臓が痛んだ。





「お互い様だろう?
わかったら、大人しくしていたまえよ」




だがそれに気付かないふりをして、
私はまたも冷たく言い放つ。



そして、もう彼女を視界に入れる事なくその場を去った。



ドアをくぐれは、彼女を見張るように指示された二人の軍人の姿が。

私は彼らに念を押すと、足早に廊下を歩きだす。



病院を出れば、そこには一人佇む中尉。
横を通り過ぎるように進めば、彼女は何も言わず私の後をついて来る。
それが、今は何より救われる事だった。






私は、忘れていたんだ。

彼女が、国と盛大な鬼ごっこをするような女、エリオット・キルギスタだという事を…





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