鬼さんこちら、

□錬金術師の苦悩TTTT
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意識を失ってから次に目覚めた間には、
結構な時間が経っていた。

真夜中だった空は薄らと白み、
夜明けが近いのを示している。




重い瞼をゆっくりとあければ、
そこに広がっていたのは異様としかいえないような状況で。


場所は、
ニーナの部屋と同じ階にある
タッカーさんの研究室。

異様は、
その部屋の中心に寝かされた私とそれを囲むように張り巡らされた錬成陣。
しかも、
よくみると人体錬成の陣の系統なのか
よく似たものが描かれていた。



「………何、これ」




何故か
私に寄り添うようにして隣に寝ているもふもふのアレキサンダーでさえ、今は混乱の一要因でしかない。



「人体錬成…に似てるけど、
少し、違う…」



これは、






「これは、
合成獣を錬成するときの陣だよ」





私の呟きに答えたのは、
扉を開けて入ってきた人影だった。
窓から差し込む星明かりが、
彼の輪郭を闇から切り取る。


浮かび上がったのは、





「…タッカーさん、」



「やあ、エリオット君。
手荒な真似をしてすまないね」





にこり、といつもの笑顔を乗せた彼だったが、その顔は“科学者”としての固いものに見える。

ふと、嫌な予想が脳裏を掠めて、
それを否定したくて前を睨みつけた。



「…これは、
どういう事ですか、タッカーさん…」




嗚呼、駄目だ。
警報が煩さを増している。


−聞いちゃ駄目だ、今すぐ逃げろ、戻れなくなる、大切なものが、変わってしまった、迷ってちゃ駄目だ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!



「もう、気づいているんだろ?」



逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ



「これから何をするか、なんて」



逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ



「こうするしか、他に方法はないんだ。

それに、君の言うように
ニーナは私の希望だからね。

だから、ニーナが淋しがらないように
君を旅に行けないようにすれば、構ってやれない時も淋しくはないだろう?」







警報が、鳴り止んだ。



睨みつける先の顔は微笑んでいて、だけど凄く疲れきったものを浮かべている。

言っている事は
支離滅裂としていてわからないが、きっと彼の中ではそれが正論として組み上がってしまっているんだろう。





嗚呼、逃げるのは難しいな、これは。


止んだ警報は諦めの印か?

否、


諦める気はないが。



「タッカーさん、あなたは…」




そう言いかけた時、



−どんどんどんどんどんっ!


「お父さん!エリーおねーちゃん!」





激しく連打される扉と同時に、今にも泣きそうなニーナの声が響き渡った。




「来ちゃ駄目だ、ニーナ!!」




逃げろ、と叫ぶも、
彼女はそれに耳を貸さない。

募る焦感を抑えようとして、
正面の彼も酷く焦った様子である事に気がついた。




「急いで始めなくては…!!」




急いた様に両手を掲げた彼に、
脳内警報がまた喚き声をあげる。
それをしっかり聞きながらも、
私は一先ず陣の外に出なくては、と
足に力を入れた。

が、



「……え…、」


立ち上がろうとしたはずのそれは、
少しも動いてはくれなかった。




恐る恐る手をやって、





「…折れてる」



足が使えない事が判明してしまった。


まずい、やられた。


逃げられないようにとの事だろう、
これじゃ移動する事もできないじゃないか。



錬金術で治すにも、それより早くタッカーさんが動くだろう。







「万事休す、か?」




扉の向こうのニーナの声は、
すでに涙混じりになっている。



せめて、
アレキサンダーだけでも逃がそう



そう思った視界の端で、
彼が錬成陣に手をついたのが見えた。







−カッ!!!






「…っ、ぁああああああああっ!!」






体がバラバラにされるような激痛。


途端に、まばゆい光りが辺りを埋める。
もの凄いエネルギーの胎動に、部屋の中には風が渦巻いた。



それは、固く閉ざされた扉をも破り、





「エリーおねーちゃん!!!」





白一色の世界の端に、
あの子の叫び声を聞いた。




−どんっ!



「………っ…!?」






次いで、
誰かに突き飛ばされた感覚に目を見開く。


やはり白しか捕らえない視界の中に、
あの金色が見えた気がして−







「っ、ニーナァアアアアアア!!!」








転がる体を余所に、
私はその金色に手を伸ばした。









−ばちんっ!!





弾ける光りはまるで融解の炉のようで、
それはあの子に伸ばした右手の小指を飲み込む。


−嗚呼、熔かされ、た





風圧によって勢いよく壁まで飛ばされる。
思い切り頭を強打した私が最後に見たものは、

溢れる光りの渦に満たされた空間と

狂ったような彼の笑顔、

小指を失った紅い右手と、



小さく揺らぐ長い金色だった。







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