鬼さんこちら、

□紅の彼女
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「今回の件でひとつ貸しができたね大佐」



にやり、と笑ってそう告げれば、
大佐の顔はあからさまに引き攣る。


しかし、
この台詞が言えたのは
駅で大佐達と別れてから三時間程も経った後だった。




走り去ったエリオットを追っていった大佐達は結局あの後彼女を捕まえる事は出来なかったらしく、苦渋の表情で司令部へと帰ってきた。




「…君に借りをつくるのは気色が悪い」


ひくりと痙攣した頬が、
大佐の機嫌の悪さを現していた。
心なしか言葉に棘が見えるのも気のせいではないと思う。



「…いいだろう。何が望みだね」

「さっすが♪
話が早いね」


吐き出された溜息と共に告げられた言葉につい頬が緩む。
普段
何かと言い負かされているだけに、
なんだか少し優越感だ。



「この近辺で、生体錬成に詳しい図書館か錬金術師を紹介してくれないかな」

「今すぐかい?
せっかちだなまったく…」

「オレたちは
一日も早く元に戻りたいの!」

「久しぶりに会ったんだから、
お茶の一杯くらいゆっくり付き合いたまえよ」


飄々とした顔で言われた台詞に、
身体中に鳥肌が立つのを感じる。


「…野郎と茶ぁ飲んで
何が楽しいんだよ…」



軽く引いたように呟けば、
大佐は全く意にかえした様子もなく話題を変えた。





「そういえば、
弟君はどうしたんだね?
いつも一緒に居た様に思えたが…」



「ん?ああ、
アルは今宿をとりに行ってる」



大佐は俺の返答に納得したのか、
そうか、と答えたきり軍のファイルを探る事に専念し始めた。


外は黄昏に染められて、
濃い紅色の光が司令室を満たしていく。



嗚呼、この色は…。






「なあ、大佐?」




「…なんだね?」





窓へと視線を投げたまま声をかければ、
大佐もまたファイルへ目を向けたまま返事を返してきた。







「…あいつ、知り合いなのか?」









“あいつ”


名こそ出ていないが、
それが誰を指しているのかは大佐にもわかったらしい。

ファイルの上を滑る手が、
一瞬その動きを止めた。



「……気になるのかね?」




返された声は少し硬くて、







「…別に、

随分派手な鬼ごっこしてたからさ。
知り合いなのかと思ったんだけど、
違うの?」




ぱたん、という軽い音がした。

窓からそちらへ視線を移せば、
一つのファイルを手に取った大佐が俺を真っすぐと見つめていた。





「…彼女は、現在逃走中の
私の部下でね」




ふ、とはきだされたため息は、
何処か寂しさを含んでいた。




「一年程前に、
急にセントラルから預けられたんだ。」







−しかも、大総統直々に



そう付け加えられた言葉に目を見開く。





「彼女は何も語らないから、
私も多くの事は知らない。
国家錬金術師だと言うが、
二つ名すらわからないんだ。」




「…調べられないの?」




国家錬金術師だという事は確かアルも言っていた。

眉を寄せてそう問えば、
大佐はいつの間にか
いつもの余裕ある表情に戻っていて。





「鋼の。
女性の秘密は、向こうから明かしてくれるのを待つものだよ?」




「…あっそ」





やっぱり大佐は大佐だ。


そう思って、
少し張り詰めていた空気が霧散した事にため息を吐く。



今日はもう夕方だから、
大佐に紹介してもらう所には明日行こう。



そんな事を考えてながら頬杖をつく。






「……嗚呼、そういえば、
彼女が錬成しているのを一度だけ見たな」





思い出したように呟いた大佐の声が耳に届いた。



…へえ?、なんて軽く返して、








「何なのかはよくわからなかったが、

“血の如き紅い石”

だったな」







自分の耳を疑った。






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