鬼さんこちら、

□錬金術師の苦悩TTTT
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「なんだ、いるんじゃないか」



今日は重苦しい空だった。

ゴロゴロと
不機嫌な様子のそれを見上げて、降られる前にと足早にタッカー家に来れば
そこはしん…と静まり返っていた。



居ないのだろうか?


そう思いながら押した扉は、
いとも簡単に俺達を受け入れた。


不用心だな、

それとも、居るのだろうか。



疑問を抱えつつも中へと進み、
家主を呼ぶも返答はない。



やっぱり居ないのか、と考えだした所で、
一階の廊下の奥に戸の外れた部屋を発見した。



中を覗けば、
そこには見慣れた人影。

それは俺の声に反応し、ゆっくりとこちらを振り返る。
そして、俺達の存在を見とめると、
疲れたように微笑んだ。



「…ああ、君達か。

見てくれ、完成品だ」



嬉しそうな声とは裏腹に、笑うタッカーさんの顔にはなんの感情も見受けられない。


微かなざわめきを抱きつつも、
勧められたままに俺達は部屋へと踏み入れた。




そこには、

午前中だというのに夜の様に暗い闇の中、
ゆらりと揺れる金色の毛並み。




「人語を理解する合成獣だよ」




誇らしげなその声音を聞きつつも、
俺は錬金術師としての好奇心か
その合成獣へと手を伸ばしてみる。


毛並みは柔らかでさらさら、
その手触りに何処かで触ったような気がして首を傾げながらも、ゆっくりと顎を撫でてやる。

俺の手をペロペロ舐めるそれは、
なんだかとても悲しそうな瞳をしていた。



タッカーさんが俺の名前を教えれば、
合成獣は拙い口調でそれを復唱する。






「エド、ワー、ド、エドワー、ド」






与えられた単語を何度も繰り返す合成獣。

ただ、錬金術師として

その喋る存在を凄いと認めた、





その時に





「…お、…にい、ちゃ…」







拙いまま発されたその言葉に、
背筋が凍りついた。





背中に、タッカーさんの安心したような声が聞こえる。


「嗚呼、査定に間に合ってよかった…
これで首が繋がった。

また当分は、研究費の心配はしなくて済みそうだ」




ふざけるなよ、
己の中に沸き上がる激情を確かに感じ、
だがそれを必死に抑えつけて立ち上がる。






「…タッカーさん、

人語を理解する合成獣の研究が認められて資格とったのいつだっけ?」


「ええと…、二年前だね」


「奥さんが居なくなったのは?」





「…二年前、だね」




「もひとつ、質問いいかな、



ニーナとアレキサンダーどこ行った?」







「君のような
勘の良いガキは嫌いだよ」





敵意を剥き出しにした俺に、
タッカーが吐き捨てるようにそう言った。


それは、俺の中の予感に対する
遠回りな肯定の台詞。





「…っ、兄さん!」





それで全てを悟った様子のアルも、
震える声で俺を呼んだ。




否定したい、そんな意を篭めて。



俺だって出来るならそうしたかった。


だけど、
これは紛れも無い揺るがない事実で。



怒りとやるせなさをぶつけるかのように、俺は勢いよくタッカーの胸倉を掴んだ。
そしてそのまま壁へとたたき付ける。



「ああ、そういう事だ!
この野郎…やりがったっ!!」


タッカーが苦しげな声を上げるが、
そんな事どうでもいい。



「2年前はテメエの妻を!
そして、今度は娘と犬を使って合成獣を練成しやがったっ!!」



「………っ!」





息を飲む音が聞こえた。

アルが合成獣を振り返る。

柔らかな手触りのそれ、




元は、

ニーナと、アレキサンダーの、それ。





「そうだよな、
動物実験にも限界があるからな!!
人間を使えば楽だよなぁ、

あ゛あっ!?」



「は…、何を怒る事がある?

医学に代表されるように
人類の進歩は無数の人体実験のたまものだろう?
君も科学者なら…」
「ふざけんな!!

こんな事が許されると思ってるのか!?
こんな…、
人の命を弄ぶような事が…っ!!」

「人の命!?

はは、

そう、人の命ね!、


鋼の錬金術師!!君のその手足と弟!!
それも君が言う
“人の命を弄んだ”結果だろう!?」





その言葉に心臓が跳ねた。

脳内を鼓動音だけが占めて、頭が真っ白になる。


図星、だなんて、



認めたくなくて、




「がぁっ…!」

「ちがうっ!!」




思わず、目の前の事実を殴りつけてしまった。




嗚呼、馬鹿だな。

こんなの、
肯定してるようなものじゃないか。




何処かで冷静な俺が嘲笑う。



それすら、煩い




「は、はははは…
同じだよ、君も私も!!」

「違う!」


煩い、


「違わないさ!目の前に可能性があったから試した!」

「ちがう!」


煩い、煩い、


「たとえ
それが禁忌であると知っていても、
試さずにはいられなかった!」

「ちがう!!俺たち錬金術師は…!こんな事…!!」


煩い煩い煩い煩い!!



「…俺は…俺は…っ!!!」







−俺は、






「…兄さん、
それ以上やったら死んでしまう」






「っ…」





勢いよく振り上げた俺の腕は、
横から伸びてきたアルの手に掴まれる。
視界の端に捕らえた己の右手は、彼の血で真っ赤に染まっていた。


嗚呼、

納得、なんて出来る訳無い。

だけどこれ以上こいつを見ていたら、
本当に殺してしまいそうで、




殺してしまえこんなやつ、


そう呟く思考から背くように
俺は足早に部屋を出た。






「はは…、
きれいごとだけでやっていけるかよ…」



「タッカーさん、それ以上喋ったら、今度は僕がブチ切れる」



俺の後に続こうとしたアルが、足を止めて振り返る。
その声には、隠しきれない怒りと悲しみが滲み出ていた。



アルは、そっと屈み込むと
ニーナとアレキサンダーであったそれを両手で包み込む。


優しく、優しく、
壊れ物を扱うように、抱きしめる。





「…ニーナ、ごめんね、
僕達の今の技術では、君を元に戻してあげられない…」





ごめんね、ごめんね…、

泣きそうな声で何度も繰り返す。

涙は出ないはずの彼は、
確かに、心で泣いていた。





「…、おにい、ちゃ、
お、にいちゃん、おにいちゃん…」



そんなアルをひたすら呼ぶ
何処か焦ったような哀しい声。

それだけを呟く金色は、
何を思ったのだろう。

はたりと踵を帰すと
薄暗い闇の蔓延る部屋の隅へと歩いていった。



何を、と疑問に思って視線で追いかけて、














「…っ、エリオット!!!」





見つけたのは、


暗色の床に散らばる 紅。





「…エリー、おねー、ちゃん、
おねーちゃん、おねーちゃん、」



壊れたように名を繰り返す合成獣は、
ぼたぼたと大粒の涙を流した。



「エリオットさんっ!!」

「エリー!!」



慌てて駆け寄り揺さ振るも、
彼女は頭から血を流していてぴくりとも動かない。



「おねー、ちゃん、」



合成獣が、ぺろぺろとしきりに彼女の右手を舐めた。


何かと思ってそれを見れば、




「…っ、小指が…!!」




彼女の真っ赤な右手は、

指が四本しかなかった。



「っ、エリー、エリー、
エリオット!!!」




血まみれの光景、
それは、俺達の“あの日”と重なって。





嗚呼、また俺は、名前を呼ぶ事しか出来ないのだろうか?





「…っ、兄さん、
大佐達に連絡しよう…!」


アルの震えた声が何処か遠くに聞こえた。






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